第33話 そうなると、彼らが目にしたのは……。
帰ってきてくれた!と思った青龍は、実は通りかかっただけだったらしい。
「あ、ちょっ、待った!!」
わたしたちを全く見ようともしないで、真っ直ぐに峻嶺の彼方を向いた青龍に、気付いたハディスが大声で呼び掛けるけど、視線を向けてもくれない。
やばい、あれに乗れなかったら、ここから王都まで何日コースで歩いて帰らなきゃならないの!?しかも旅装も何も無しだから逃す訳にはいかないわ!呼び止める方法なんて考えてたら行っちゃいそうだし、取り敢えず実力行使よ!
「待ってて!」
ハディスとアポロニウス王子に声を掛けると、ワイバーンに絡みついているまま動かなくなっているトレント2体にさっと視線を走らせる。更に、より青龍に近いところに枝が張り出していそうな方に取り付いて登り始める。
下方からちょっとしたざわめきと、レヴォルの声で「総員、後ろ向け、後ろ!」なんて言葉が聞こえるけど、唯一の移動手段である青龍を逃すわけにはいかない。さっさと捕まえないといけないから、細かいことは気にしていられないし、何かあってもハディスが何とかしてくれるよね?
気合を入れたわたしは、過去最速じゃないかと云うスピードで天辺の枝までするすると登りきると、着ぐるみパジャマみたいに変化させた魔力を纏い、丁度わたしの立つ枝の真上に達した青龍に向かって高くジャンプして、無事、青龍の尻尾を捉える事に成功した。
捕まえて髭を持ってしまえば、元々穏やかな性質なのであろう青龍は、大人しく操作に従ってくれる。ゆったりと地表を目指し、領主軍と合流したハディスとアポロニウス王子のもとまで行くと、ハディスは赤く染まった頬を片手で隠すように俯いている。
「かわっ‥‥可愛すぎないか!?小動物が獲物をキャッチしたみたいだったぞ!?」
冷静に面倒事を収拾してくれるのを勝手にあてにしていたけど、何かぶつぶつ呟きながら身悶えていて、冷静どころか平常心ですら無かった‥‥大丈夫?そして、アポロニウス王子は笑顔を引き攣らせていた。
「神器の魔力の化身をこんな風に扱うなんて‥‥。」
王子が脱力したように呟いたけど、そもそも他の神器の黄色い魔力は人に強い暗示を掛けるのに「聖水」なんて言って悪用されたり、森の魔物を操るのに使われたり、赤い魔力はお手紙を出したり火を出したりに使って、紫の魔力は嫌がらせ要員を作り出すのに使われたり、銀の魔力は拉致監禁に使われたり‥‥と、わたしの知っている範囲じゃ高尚な使われ方なんて全くされていないから、敬う気持ちは薄い。それに、今はこの子に乗せてもらって一刻も早く王都へ戻りたいしね。
「アポロニウス・エン・フージュ王子、デウスエクス・マキナ・フージュ閣下、セレネ・バンブリア嬢のご助力に感謝申し上げます!」
来た時と同じ様に青龍に乗って、騎馬兵よりも高い位置に浮いたわたしたちの前に、レヴォル・エクリプスを先頭にしてエウレア領主軍が整然と並んで敬礼をする。
「これで、お兄様がたも安心してエウレアへ帰ることが出来ますね。」
「
どうやら束の間の休みにしかならないらしい。ワイバーンの事だけでスバルが呼び戻された訳ではない様だった。
「まぁ、戻る前に大変なひと仕事を片付けなきゃならんがな。」
レヴォルが大仰に肩を揉む仕草をしながらも、どこかほくほく顔で付け加えるのは、この倒れたワイバーンや、巨大トレントの解体処分と、それに伴う希少素材の回収が待っているからだ。今後の対策のための資料として国を上げての研究が進められるから、もちろんエウレア独占は認められないだろうけど、それでも一番の功労者の彼らには、多くの素材の権利が認められる。
トレントがムルキャンのままだったら、カヒナシ領主への相談も必要になったところだろうけど、どれだけ調べてもトレントにはムルキャンの顔も、彼や黄色い魔力の残滓も残ってはおらず、ただの年代を経た巨木と化していた。魔力を喰われて砕け散ったトレント同様、残ったトレント達も魔力が消えている以上、脆くなっているだろうから、解体は存外にあっさりと果せるに違いない。
「ではお兄様、わたし達はこれで王都へ帰ります。」
「あぁ、元気でな。いや、元気すぎるのも考えものか‥‥?令嬢は騎士とは違って楚々とした服を纏っていることを忘れてはいかんぞ?一応君と彼らの名誉のため言っておくが、先程は何とか兵士達は後ろを向かせたからな?」
腕を組んで若干呆れたような表情のレヴォルが、苦笑しつつ教えてくれた言葉に、わたしはようやく自分の身なりを思い返した。
今のわたしは緋ネズミもふもふの着ぐるみパジャマの格好だけど、これはあくまで魔力で出来たものだから、魔力の見えないお兄様やエウレア領主兵達には見えていない。そうなると、彼らが目にしたのは学園の制服である膝下スカートで木登りをして、大ジャンプを披露するわたしで‥‥。
レヴォルが「送る魔物素材に期待しておいて!とっておきを見繕っておくからね。」なんて慰めてくれる程度には落ち込んだわ。うぅっ。
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