第32話 想像以上の攻撃力で辛いんですけどー!?

「やあっ!!」


 頭上へ長剣を高く振り上げたハディスが、鋭い掛け声と共に、深紅の光を纏いながら全身の膂力と勢いを乗せた渾身の一撃を、ワイバーンの頸元に振り下ろす。


『ゲギャァァ、ァ――――――ァ‥‥ァ‥‥!』


 忌々しげに、血の様に真っ赤な瞳を向けて来たワイバーンは、咆哮を途切れさせ、カッと目を見開き‥‥――ゆっくりと、もたげていた頭を下げて行く。


「「凄い‥‥。」」


 詰めていた息を吐くような感嘆の呟きが、後方からただ見守るだけだったわたしとアポロニウス王子のどちらからともなく洩れ出た。


 鮮血を撒き散らしながら崩れ落ちて行くワイバーンの首は、ハディスが剣を突き立てた頸元で半ば立ち切られており、普通の生き物なら命が失われていることに疑い様はない。


 ズズン‥‥。


 完全に活動を停止した月の忌子は、大きな地響きを立てて地表に伏す。


 その瞬間、辺りには領主軍の兵士達による歓声が轟音のように峻嶺の岩肌に木霊し、空気を震わせた。


「「「「わぁぁぁ――――――ぁぁ!!!」」」」


 領主軍が喜んでる声が聞こえる‥‥終わったんだ、伝説の魔物『月の忌子ムーンドロップ』を無事に退けられたんだ‥‥。――――終わったぁ‥‥。

 ハディスも剣を振り下ろした場所に膝をついて肩で息をしてるし、アポロニウス王子も魔法を使った場所で座り込んでるし、くたくたよね。けど‥‥みんな、無事で戦いを終えられたわ。何よりハディスの剣術が、初めて、やっとまともに見れたわ!かっ‥‥恰好良かった!どうしよう、飛びつきたい!!


 邪念‥‥憧憬の眼差しに気付いたのか、ハディスが怪訝な表情で振り返ったけど、そんな表情すらキラキラしく見えちゃうわ!


「セレ?」

「はいっ!?」


 しまった!声が裏返ったわ。いえ、それよりも考えてたことがばれたりしてないわよね!?幾ら何でも15歳の貴族の令嬢が、自分の護衛とは云え、年上の男の人に「カッコ良い!!」なんて欲望のまま飛び付きたいなんて思ってることがバレたらまずいわよね!?けどハディスに対して採点の厳しいヘリオスが、彼の剣技を見て憧れちゃったの、分かるわ―――!憧れ?萌え?尊い?それ全部ひっくるめてもお釣りが来ちゃいそうっ!


「え?なんか怖いんだけど。――目が爛々としてるー‥‥。」

「仕方ないですよ、ハディス様が格好良すぎるんですもの!爛々じゃなくって、キラキラですしっ!」


 いや、事実飛び付きたいとか思ってたくらいだから獲物を狙う「ギラギラ」であってもおかしくないんだけどね!けどそこは乙女の恥じらいが発動して、都合の悪い部分は誤魔化しちゃうわけよ。


 とか心のなかで言い訳しつつ、実際には飛び付かない慎み深さは持ち合わせているつもりのわたしは、疚しいことなんて無いわと、顎と胸を反らして見せる。


「くっく‥‥!」


 ぬっ‥‥!?口元に拳を当てて誤魔化してても分かるわ、今間違いなく笑ったわね?


「いやー、セレはかわいいねー。」

「んなっ!?って、ちょっ!!」


 いつもみたいに頭を撫でる気ならちょっと待ったー!!伸ばされた手が、凄いことになってる。


「手!ハディ、手!!」

「ん?あ!!」


 ワイバーンの頸を絶ち切った剣を握り締めていたハディスの手は、辺りに飛び散った血から推して知ることは出来たはずなんだけと、真っ赤に染まっていて。そんな状態で頭を撫でられたら大変なことになるから!

 って、待って?反対の手で口元隠してたわよね?


 嫌な予感に恐る恐る視線を上げると、思った通りのハディスの口元は、ぬらりと光る鮮血がこびりついていた。


「ちょっ‥‥こわっ!生肉食べたみたいになってる!って言うか衛生的にどうなの!?色々残念よ!?」


 慌ててハンカチを取り出してハディスの口元を拭う。


「ん。」


 って、ちょっと膝を曲げてわたしの手が届く様にしつつ、目を瞑って大人しく口元を拭われるハディス、って!かっ‥‥可愛すぎるのは貴方でしょ―――!!


 大人な男が大人しく口元を拭われるギャップ萌えに、わたしの色々がキャパオーバーで、拭き取り半ばにしてその場に崩れ落ちる。


「えっ?!どうしたのセレ!何か毒にでもあたった!?」


 慌てて自分の袖もとで、拭き残しをグッと拭う姿は、今度は男らしすぎて、別のダメージがクる。ご馳走様です!もうお腹いっぱいです!!毒じゃないけど薬も効かないこれは何!?って分かってる。さすがに分かったけど、トキメキそれ現実問題これとは別だからー!


 萌えと現実の狭間で膝をついたまま頭を抱えて葛藤するわたしを助けてくれたのは、アポロニウス王子だった。


「叔父上‥‥さすがに甥としては、見ていられない‥‥。バンブリア嬢とは別の意味で具合が悪くなりそうだ。」

「うーん、それは困るなぁ。あんまり反応がイイから楽しくなってたんだけど、この位にしておこっか。」

「「はぁ!?」」


 しれっと、とんでもない事を言ったハディスに、わたしと王子が揃って眉を吊り上げたのは当然だろう。まさかの計算だったなんて‥‥。

 以前ハディスが宣言した『どこまでいけるかは、まぁ、覚悟しておいて?』を実行したのよね‥‥。想像以上の攻撃力で辛いんですけどー!?対抗策を講じないとまずいわ!!


 志を新たに、顔を上げたわたしの視線の先――朱く染まり始めた空の向こうから、紺色に輝く鱗を閃かせて青龍が近付いて来たのが見えた。


「良かった!青龍は無事だったか!」


 アポロニウス王子がほっとした様に笑う。




 早く帰ろう。バンブリア邸に。午後のティータイムにはちょっぴり遅くなっちゃったけどね。

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