第31話 これじゃあツンデレよね!?わたしこんな属性じゃなったはずなんだけどぉ!?
アポロニウス王子の放った魔力が作り出した光の繭は、ワイバーンだけでなく巨大トレント達からも力を失わせてしまったらしい。生命そのものは奪いはしなかったけれど、ワイバーンは全身に纏った障壁を無くして、弱った様に地表に膝をつき、トレントは禍々しい色彩を失って、忙しなくグネグネと動かしていた根や、鞭を振るうようにしならせていた大枝も僅かに動くのみになり、その表皮も急速に水分を失ったかのようにひび割れて行く。
巨大な魔物4体を包み込んだところで光の繭は膨張を止め、緩やかに収縮して行った。
領主軍の一方的な攻撃音が響く中、アポロニウス王子の体内に淡く薄まって溶け込んで行く光を見守りながら、座り込んだわたしの背を支える格好で跪いていたハディスの、ほぅと漏らした安堵の溜息が、微かに頬を掠めた。
「セレ、本当に良かった‥‥。」
「ハディ‥‥って、ちかっ!近い!!近いわ!?」
ワイバーンに撥ね飛ばされ、色々あって仰向けに倒れたわたしを、ハディスが背中に腕を回して上体を抱き起こしてくれたんだけど‥‥これってハディスの腕の中に居る様な状態よね!?膝の上とかはあったけど、それでもこんな至近距離で眉根を下げた心底安心した顔を見せられた事なんて無かったから、大事に思われてる感じが伝わって来過ぎて辛いっていうか―――
助け起こされて安堵するどころか息も絶え絶えになり始めたわたしに苦笑をひとつ漏らしたハディスは、背中に回した腕をそっと肩を支える様に位置を変えて身体を離してくれた。けど離れられたらそれも少し寂しい気がして思わず離れて行くハディスをじっと見詰めてしまったら、おどけた風に片眉を跳ね上げて口元に笑みを浮かべる。
「ひどいなぁー、もっと言うことはないのぉ!?僕、一応、セレのこと助けたつもりだったんだけどなぁ?」
「びっ‥‥美形の破壊力を舐めちゃいけないわ!美形は一定距離を超えて近付くと致死毒になり得るのよ!?」
あぁああ‥‥助けられて、気を遣わせて、それなのにまたツンケンしてしまうわたしって!?いや、いや、いや、駄目だわ。ちゃんとお礼を言わないと!
「けど、ハディが居てくれて本当に良かったわ。ありがとう。」
ってナニコレー!?これじゃあツンデレよね!?わたしこんな属性じゃなったはずなんだけどぉ!?ハディスは余裕有り気に笑ってるし、「ん。」って軽めの返事で頭ポンポンなんて萌え死んでしまうわ!?自分でも信じられないくらい不器用になりすぎていて恥ずかしすぎる。わたしの言語中枢、ちゃんと仕事して――!!
「わ!」
「おっと。」
再び足場にしているワイバーンの背がぐらりと揺れて、体勢を崩しかけたわたしの背に再びハディスのガッチリした腕が添えられる。
気を遣ってか、本当にそっと添えるだけ。
ちょっぴり物足りないような気がしたのは、気付かないふりをして「もう、大丈夫です。」と気持ちを切り替えるために令嬢らしく微笑んで見せる。だって、周りではまだ領主軍の戦闘音が続いているし、何より今揺れたのは、このワイバーンが動き出そうとしているからで、本当にまだ油断はできないから。
王子の弱化魔法のお陰で、ワイバーンの能力、生命力は大分削がれたみたいだけれど、絡み付いたままのトレントの根や枝を振りほどこうと身動きし始めている。
それを拘束しているはずのトレントも、王子の魔力の影響を受けて、ワイバーンの自由を奪うように絡んだままの状態ではあるものの、ほぼ活動停止状態に陥っている。
動かず、生気を失いかけたトレントの根や枝がべきべき音を立てて、最後の力を振り絞って暴れるワイバーンによって砕かれてゆく。けれど、完全には解けないトレントによる拘束で、動けず、無防備なその状態を、領主軍の兵士達が見逃す事はない。間断なく続けられる攻撃によって、ワイバーンの魔力が微弱になって行くのが足元から伝わって来る。少しづつだけれど着実に効き始めた攻撃に、気を緩めたわけではなかったけれど――――突然、ワイバーンの首に巻き付いて抑えていたはずのトレントの大枝が、乾いた甲高い音を立てて砕け散り、辺りに木っ端が飛び散った。
「まずいぞ!噛まれて弱っていたトレントが、私の魔力も受けて完全に力尽きた!!」
アポロニウス王子が強張った表情で叫ぶ。けど、その時にはもうハディスが素早く足元を蹴って未だワイバーンの背に埋もれている長剣の元に手を伸ばしている。
「大丈夫!!きっと何とか出来る!ハディを信じてる!!」
自分に言い聞かせるように、王子を安心させるように、何より
深紅の魔力に火の粉が舞い上がる様に、桜色の光の欠片が瞬く中で、ハディスがワイバーンの肉に埋もれた自身の剣をゆっくりと引き抜き、更に飛び散る赤が光景を緋に染め上げる。
深紅の光に包まれたハディスは両手でしっかりと長剣の柄を握り込み、頭上へ高く振り上げると、トレントの拘束を解いてもたげられたワイバーンの頸元に向かって、大きく踏み出した。
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