第29話 ハディスの事は信頼してるから不安なんてないのにね。
岩山に蹄鉄の音を響かせて、100頭を超える領主軍の軍馬が3隊に分かれて駆け回る。
指揮官のレヴォル自身が先陣を切り、騎兵たちは巨大トレントの根の横をすり抜け、ワイバーンの足元に魔力を込めた一撃を加えては素早く離脱を繰り返す。
ワイバーンが煩わし気に軍馬を追う気配を見せるや、魔力を湛えた遠距離攻撃の矢や
軍隊らしい連携の取れた攻撃に流石と感嘆すると同時に、そのギリギリの攻防に見ているこちらの心臓が、嫌な感じに鼓動を荒くする。
「さすがだが、やはり決定的な一撃は与えられんのだな。」
「だからこその搦め手、力押しがダメだから相手を弱らせるアポロニウス王子の力が有効だと思うんです。」
「あぁ、分かっている。分かっているが―――。」
言葉尻を飲み込んだアポロニウス王子の表情は、背後にしがみ付く格好のため、見ることは出来ないけれど、背中越しに伝わる王子の鼓動の速さや首元に回された手の震えを感じれば、嫌でもその気持ちは理解できる。
――王子とは言っても12歳の少年が、こんな圧倒的な強さの巨大な魔物との戦闘の勝敗を決するような一手を任されたんだもの。とんでもない重圧と不安を持つに決まっている。でも国を担う王族だから、弱気な事なんて言っていられないのよね。
「大丈夫ですよ。新しい挑戦には失敗はつきものです。上手くいかなかったらまた別の手がありますから。こんなに人数がいるんですよ?何か思い付きますって。それに、アポロニウス王子はわたしがしっかり守りますから、今は、わたしを掴む腕と手を離さない事だけ考えて、その時までしっかり背中で休んでいてくださいね!」
明るく言ってみせれば「筋力だけでなんとかしがみ付いているのに休むなんて無理だろう。」なんて苦笑交じりの言葉が返ってきた。
まぁ、それも事実で。自分の全体重を腕だけで支えるのは大変なはずだ。わたしは魔力で筋力強化もかけているから、王子くらいの少年一人がぶら下がったところでふらついたりもしない。せめて脚も使って四肢でしがみ付けば楽になるんだろうけど、提案したら即断わられたわ。
だから、王子の体力も考えると、悠長なことはやっていられないから、出来るだけ早く決着を付けなきゃいけない。じりじりと逸る気持ちを抑えつつ青龍を操り、ハディスの居る場所を狙うタイミングを計るけれど、ワイバーンはなかなか隙を見せてくれない。
「馬鹿にするなぁぁぁ―――――!私を穢れた魔獣如きが餌扱いするなどぉぉぉ―――!!」
と、先程までワイバーンに魔力を食われ、その足元に崩れ落ちてピクリとも動いていなかったムルキャン・トレントが、突然皴々になった顔を憤怒の相に歪めて、叫び声を上げながら萎れた枝葉をワイバーンの長い首に絡める様にして起き上がる。
領主軍の動きに翻弄されて注意が散漫になりつつあったワイバーンは、突然活気を取り戻した食い物でしかなかったモノの動きに即座に反応出来なかったらしい。起き上がったトレントのぐにゃりと伸びた枝と根で、頭を太い幹にガッチリと押し当てて抱え込まれてしまい、更にその動きに呼応して、残る2体のトレントが、拘束から逃れようと暴れて動き回るワイバーンの身体に、鞭のようにしなる枝や根をぐるぐると巻き付けてその場に縫い留めた。
タイミングを計った様に、青龍はワイバーンの真上に滑り込む。
ハディスがこちらを見上げて、わたしを安心させるようにふわりとほほ笑んで両手を広げる。釣られてわたしまで笑顔になってしまうけど、しっかり気合を入れた声で背後の王子に告げる。
「行きます!」
わざわざそんな風に笑い掛けたりしなくたって、ハディスの事は信頼してるから不安なんてないのにね。
「バンブリアじょっ‥‥!?」
アポロニウス王子の身体をぐるんと正面に引き寄せて、向き合う格好にすれば、王子の腕は未だわたしの首元に回っていて、まるで恋人同士の抱擁みたいだ。王子の瞳が零れ落ちそうなくらい大きく見開かれるけれど、構わずに左腕で王子の身体を背中から支えつつ頭を右腕で胸元に抱え込む。なかなか恥ずかしい格好だけれど王子に怪我をさせる訳にはいかないから少しの間だけ我慢して欲しい。
態勢は整えた。けど、ハディスにアイコンタクトを送ると、今度はちょっとだけ不満げな表情が返って来た。王子をこんな素人のわたしに任せるのがやっぱり心配だとか、そんな苦情でも言いたいのかしらね?今更だから諦めて欲しいな。
覚悟を決めるためにひとつ鋭く息を吸ったわたしは、王子を抱えたまま、足場にしていた青龍の首元を蹴ってハディスの待つワイバーンの背に頭から突っ込む、ほとんど落下の様な跳躍をした。
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