第20話 良かった、王子様抱っこは、さすがにわたしだって遠慮したかったからね。

 何度目かの下降で、ふいに峻嶺の岩肌に紛れて、鈍色にびいろの鎧集団が目に入った。岩山の悪い足場にあっても整った陣形を組み油断なく構える、騎士たちと見紛うばかりの鎧集団だ。揃いの装束に、紋章入りの軍旗を掲げて一糸乱れぬ動きを見せるその姿からは、戦闘冒険者のような雑多な寄せ集めの軍ではないことが読み取れる。300人程からなるその小隊の中には、先程放たれた魔道武器であろう、巨大な十字弓クロスボウの姿も見て取れる。


「あー!分かった、ってかやっと見えたよー!この紋章。」


 グラグラ動く視界の中、槍の柄に描かれた紋章を、目を細めて読み取っていたハディスが声を上げるけれど、わたしも地上に翻る軍旗の紋章が目に入った。


「わたしも分かったからぁ――!これだけの小隊なら領主一家の誰かがいるかも!」


 目を凝らして地表の軍勢をじっと観察すると、集団の中程に一際豪奢な軍旗が掲げられ、ただの馬にしては巨大な体躯の軍馬に跨った鎧姿が目に入った。兜に隠れて顔は見えないけれど、背後に流れる髪は、どこか見覚えのある榛色はしばみいろだ。


 青龍は変わらず急上昇急降下を繰り返しているけれど、その動きを読み始めたのか、じりじりと魔道武器がこちらへ照準を合わせに来ているのを感じてヒヤリと背筋に冷たいものが伝う。


 早い段階で何か対策を取らないと、また槍が飛んで来ちゃうわ。何とかしないと‥‥。


「こうなったら、どっかのタイミングで僕が飛び降りて‥‥。」


 焦る気持ちはハディスも同じだったみたい。ハディスなら出来そうな気がする。

 ―――けど、ちょっと考えて欲しい。


「ダメです!ハディス様が飛び降りたら、アポロニウス王子も道連れじゃないですか!それともわたしが王子を抱っこして青龍このこの上に残るんですか!?」

「「それは駄目だ!!」」


 ぎょっと目を剥いたハディスと、耳まで真っ赤な王子に揃って拒否された。良かった、王子様抱っこは、さすがにわたしだって遠慮したかったからね。ならば別の手。


「龍さん!あの派手な旗のところ目掛けて飛んで欲しいの!お願い!!」


 頬をパシパシ軽くたたきながら言うけれど、聞こえていないのか上下動は止まらない。ならば仕方ない・と、手綱を取る様に、青龍の左右の髭を両手に掴んで頭を振る向きを指示する。すると、抵抗を感じるものの、おおよそ目当ての場所に青龍が向かう。


 背後でハディスと王子が「神器だぞ‥‥?」「不敬‥‥。」なんてぼそぼそ言ってる気がするけど気にしていては再び魔道武器の攻撃を受けてしまう。わたしは青龍の制御に集中し、榛色はしばみいろの後ろ髪の騎士に最も近付いたところで声を張り上げた。


「スバルのお兄様っ!!わたし、セレネですっっ!!!」

「え!?はぁっ??」


 鎧の騎士は構えていた大剣を慌てて下ろしながら、素っ頓狂な声を上げる。

 旗印にあったのはエウレア地方領主「エクリプス辺境伯」の紋章――つまり何度も訪問したことのある、親友スバル・エクリプス家の持つ領主軍だった。


「なっ‥‥なんでこんなところに、そんな登場の仕方でっ!!怪しげな空飛ぶ魔物がいると思えば‥‥!!怪しすぎであろう!」


 動揺しまくりだけれど、戦闘態勢を解いた軍の指揮官である領主家次男の反応に、周囲の兵士たちの殺気も消えて行く。それに伴って、青龍も落ち着きを取り戻し、ようやく地表近くに留まる事が出来た。

 とは言っても、ここで青龍の背中から降りて置き去りになってはどうにもならないので、申し訳なくはあるけれど、地面には降りず、軍隊からは少し距離をとって話すことになった。

 兜を脱いだレヴォル・エクリプスは、エクリプス家2男4女の次男で、ハディスよりもちょっぴり年上の23歳の青年だ。学園へ入学してすぐにスバルと仲良くなったわたしは、彼女の実家にも何度かお邪魔したことがあり、レヴォルとも面識がある。エクリプス家は、末っ子のスバルと長兄、次男の3人は皆母親譲りの榛色はしばみいろの髪をしており、3人の姉たちの髪色は父親譲りで、芍薬の花のような落ち着いた赤紫色をしている。


 ちなみにスバルのお兄様を始めとした、辺境伯軍の皆さんは、魔力を纏っての戦闘は出来るけれど、魔力を見ることは出来ない。以前にスバル自身から、彼女が辺境伯軍の中では珍しく僅かでも魔力の色を見る魔力視の能力を持っていて、そのお陰もあって多大な功績を残す事が出来、騎士爵を得るに至ったと聞いた。と言うことは、辺境伯軍には魔力を見る事が出来る兵士は殆どいないと言ってもいいだろう。


「セレネ嬢!うちのスバルと対等に付き合ってる君が普通だとは思わんが、幾ら何でも空を飛ぶなんて常軌を逸し過ぎではないか!?同行する方々の中に何れか名高い魔導士がおられるのか?」


 あー‥‥お兄様の言いたいこと、ここに居る皆さんが疑いなく大きな龍の1点に向けて警戒の姿勢を取っていた訳が分かったわ。青龍や、着ぐるみパジャマのような魔力を基にしたものが見えないということはつまり、ただわたしたち3人が飛んでいるように見えたというわけね。


 神話に残る月へ昇る『かぐや姫』じゃあるまいし、空飛ぶ人間なんて、普通に暮らしていたら物語以外では見聞きすることはないでしょうからね。

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