第19話 こちらを明らかに敵と認識していると分かる対峙姿勢の陣形を取っている。

 アポロニウス王子の魔力は、他人の魔力や、魔力の化身の青龍を弱らせ、下手をすると消滅させてしまう恐れがある。――青龍だけが命綱の高所で発覚した事実に、わたしとハディスは、王子の愛らしい着ぐるみパジャマ姿を解除するよう泣く泣く(‥‥あ、それはわたしだけ)頼んだ。


「叔父上、これは他人には見せられないな。陛下ちちうえが見たら寝込んでしまわれるやもしれん‥‥。」

「僕は意外と心底楽しんでくれる気がするねー。愛情深い兄だからね。まぁ、ずぅえったいに!見せる気はないけど。」


 そして現在、無事青龍に乗る事の出来た着ぐるみ姿のハディスの膝の上に、通常の姿に戻ったアポロニウス王子が横座りをしている。なかなか可愛い光景に心が和むのはわたしだけみたいで、2人の表情は固い。


 わたしは腰の重量と王族の命をぶら下げたプレッシャーから解放された身軽さで、あっという間に青龍の顔に辿り着いた。小ネズミの様に顔まわりを「大丈夫だよ~。」と撫でてやると、ようやく落ち着きを取り戻したのか、上昇をやめてくれた。


「ここはどの辺りなんでしょう?」


 上昇をやめたからといって、王城に戻る訳ではないようで、今、青龍は何処か分からない遥かに広がる樹海を飛び越えて、峻嶺に差し掛かったところだ。

 落ち着いて空を飛ぶ龍の上は慣れてしまえば快適だ。わたしたちは揃って青龍の首もとに腰かけている。


「そもそも、こんな高いところから見下ろした人間がいないのだから、分かるわけがないだろう。」

「まぁ、何となく?樹海についてる魔力の色を見れば予想はつくけどねー?」


 振り返った先にある樹海全体には、靄がかかる様に黄色がかった暗灰色の魔力が覆っている。確かに、そんな魔力の溜まる森が幾つもある訳はない。


「イシケナル公爵のカヒナシ領ですね。凄い、あっという間に着いちゃいましたね!」

「いや、もう通り抜けているからな、凄まじい速さだな。」


 王子がハディスの膝から身を乗り出すので、見ていて冷や冷やしてしまう。



 ヒュッ


 突然、龍の上に跨がるわたし達の側を掠めるように、魔力を纏わせた大槍が通過した。と思ったら、すかさずハディスがばしりと柄をキャッチする。

 おおー!と、一瞬心の中で喝采を送るけど、でもそれよりも!


「まっ‥‥魔物の襲撃なのっ?!」

「魔物は武器を使わないよー。もとが植物や動物だもん。けどこんな空高くまで武器を届かせる人間だって聞いたこともないしー?」


 突然の空中散歩からの襲撃にパニックになったのはわたしたちだけじゃない。魔力を纏ったものなら干渉して怪我を負うであろう青龍も、再びグネグネと身を捩って荒ぶり始めた。


「ちょっ!青龍さん、当たってないから大丈夫よ!わたしが守るから安心してて!」


 どうも、この龍は大きな体に似合わず、なかなか気弱なようで、すぐに動揺して慌ててしまうみたい。

 体ばっかり大きい子供みたいなものかも。意外とそれを「よしよし」と宥める小ネズミの方が、お兄さんかお父さんみたいよね。


「叔父上、月の忌子ムーンドロップ対策に各地へ送った魔道武器なら、このような天にあっても届くはずだ!」

「だとしたら、こんな武器を持ってるのは王都から派遣された騎士や衛士、それに領主直属の兵かー。面倒だなぁ。あ、どっかの紋章入ってるわ。」


 アポロニウス王子が冷静に記憶を辿り、ハディスは、手にした槍をくるくる回しながらチェックしていたけど、いよいよ本格的に上下動で荒ぶり始めた青龍に揺さぶられて、眉間に皺を寄せて辛そうだ。


「わたしがあんな武器なんて防いで、守ってあげるから落ち着いて?」


 顔まわりを撫でるけど、臆病な龍は一度パニックになるとなかなか落ち着いてくれない。


「魔力を使って良いなら、弱化の応用で魔道武器を防ぐ障壁もつくれるのだが。」

「「この上では使わないでください!!」」


 アポロニウス王子の言葉に落下の危機を感じたのはハディスも一緒だったみたい。


 荒ぶる青龍は激しく上昇下降を繰り返して、雲海の上と地表が確認できるまでの下降を繰り返す。その間、魔道武器での第2撃が無いのは助かるけれど、まぁ、これだけ激しく動いているんだから、単純に的が絞れないだけかもしれない。乗ってるわたし達も再び嘔吐の危機だし‥‥。


 何度目かの下降で、ふいに峻嶺の岩肌に紛れて、鈍色にびいろの鎧集団が目に入った。揃いの鎧集団は統率された動きで、こちらを明らかに敵と認識していると分かる対峙姿勢の陣形を取っている。


「ちょっとー!か弱い令嬢だって見て分かんないの―――!?」

「普通の令嬢や人間は、空を飛ばないからねー。」


 上げた叫びにハディスの冷静な突込みが的確過ぎて、頭を抱えるしかないわ、もぉー。

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