第13話 親友を助けるのに手を貸すのは、率先してでもやりたいくらいだものね。

 ばさり ばさり


 コウモリのような大きな翼で大気を掴み、風を起こして大トカゲに似た巨体が天空を行く。


 大きな牙が顕わになった口元は、渇きを覚えているのかの様に僅かに開けられたままで、血の様に赤い鋭い瞳で獲物を探して地上をぎょろりと見渡す。


 月から産み落とされた黒い魔力を色濃く纏ったその大型飛行魔獣を、太古から人々は「ワイバーン」と呼んで恐れ、或いは「月の忌子ムーンドロップ」と称して畏怖すべきものと伝承に残した。


 ワイバーンはただひたすら惹かれるように、人の多く住む場所へ、飢えを癒すために人々の魔力を辿って天空をさ迷う。


 ふと、大きな魔力の塊がに固まっていることに、その者は気付いた。人ひとりを襲ったところで得られるのは上質ではあるけれど微々たる量の魔力だけ。けれどその地から感じるのは、純粋ではないけれどどこか興味をそそられる特殊な色を持った膨大な魔力。


 ワイバーンは次の目的地をその地に定めゆったりと翼を動かした。





「全く!1人でふらふら出掛けちゃダメだっていってるでしょ?!」

「今日のはちょっと緊急だったし、こっそり動かなきゃと思ったしで、どうしようもなかったもの。」


 ちなみに説教しているのはハディスだ。決してお母様ではない。


「けどハディス様も、オルフェも、心配かけてごめんなさい。」

「まあ、セレネが分かってなくても、そう簡単に見失ってあげたりはしないけどさー。心配はしっっ‥‥っかりとしてるんだからね。」


 学園に向かう馬車の中で、3人きりなのを良いことに護衛から主人へのお説教タイムだ。お説教のために正面にはハディス、オルフェンズはわたしの右隣で、頭上の大ネズミは本人が居ると何処かへ行ってしまっている様で今は居ない。

 常に狙われる可能性のある貴族令嬢は護衛付きでの外出が基本なんだけれど、早朝でほとんど人も出歩いていないし、パッと出掛けて、サッと見送りを済ませたら、スッと帰れば問題ないだろうと思ったのはわたしだ。護衛ズが付くまでは何度もそれが成功していたんだけど、まさか2人揃って付いて来ていたなんて驚きだ。


 けどなんていうか、わたしのことを考えて、心配してくれるのが何だか嬉しい――なんて思ってると知ったら、気を悪くするかな?


 口に出したら更に怒られそうなことを考えつつ、正面で気遣わしげな表情を浮かべたハディスを、ニヨニヨしながらそっと眺めていると、馬車の窓の向こうに何人もの衛兵の姿がチラチラと映ることに気付いた。衛兵たちは一様に馬車と同じ方向、学園や王城、騎士の本拠地のある白い城壁の中へ向かっているみたいだ。


「物々しくなって来たわ‥‥。月の忌子ムーンドロップ対策の招集に向かうんでしょうか?」

「まだ、奴が現れたことは公表していないから、はっきりとした返事は出来ないなぁ。」

「ほぼ言ってますよね、ソレ。」

「誰かさんたちは何も公表されていないのに確信してるけどね。君たちが早朝から動き出すから、僕は忙しい中睡眠時間が削られて辛いんだよー?」

「みんなの力を借りたほうが手っ取り早いと思いますけどね。」

「公表するとしないのとでは混乱の度合いが違うんだよ。それに辺境で留められたら問題はないからね。」


 そんなの辺境の負担が大変すぎるじゃない。スバルみたいにまだ学生でしかない女の子が呼び戻されるくらいなんだもの、きっととんでもなく手強い魔物なのよね。


 そんな風に限定的に負担を強いるやり方で、戦闘行為に令嬢である親友が駆り出された理不尽と、剣一つまともに扱えないために手を貸すことができないもどかしさに唇を引き結んで憤っていると、真正面でハディスがふっと息だけで笑いを漏らしたのが分かって「何故に!?」と問う視線を向ける。


「自分たちの関係ないところで戦闘が行われて、安全にカタが付くことを喜ぶ人間の方がずっと多いんだよ。ひとたび騒ぎが起これば安全な場所の人間こそが大騒ぎして、水際対策に集中できなくなってしまうから、その為の措置だね。」

「みんなに話して協力し合うことは出来ないんでしょうかね。」

「王城の中だけでさえ意見調整が大変なのに、さらに各領主、有力貴族、そして民衆すべてを納得させ、意識統一するのはさすがに緊急時の時間のない中では特に‥‥。」

「イシケナル公爵の魅了が有効なんですね。」

「怖いこと言わないで?」


 とても有効な手を言ってみたつもりだけど、物凄く嫌そうに返された。まぁ、わたしも公爵の魅了に掛かりたくはないからハディスには全面的に同意だし、そんなものが無くても親友を助けるのに手を貸すのは、率先してでもやりたいくらいだものね。


「ならやっぱり、動ける人間が動くべきですよね‥‥。」


 ぽつりとつぶやくと、ハディスは苦虫を噛み潰した様な表情になり、オルフェンズはそれは嬉しそうな笑顔を浮かべた。

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