第14話 恐れ多くも先の副将軍?再び。

 朝の登校時間帯は、生徒たちが次々に玄関に吸い込まれるように一定の方向へただ歩を進め、更に心臓から送り出された血液が規則正しく一定方向へ身体中を巡り行くように、玄関から各々の学ぶ講義室へと迷いなく流れて行く。

 多少のイレギュラーはあっても、それがいつもの朝の当然の光景。


 その規則性を破るかのように、流れに逆らった方向へ急ぎ足で進んで行く人間の違和感に、すれ違う生徒たちが次々に振り返って視線を向ける。人の流れに逆らうのは、この学園内でも注目を浴びる特定の令息たち――アポロニウスの学友令息ばかりが、玄関を挟んで講義室とは逆方向の、王城への渡り廊下へと急ぎ進んで行く。


「マイアロフ様!どうしたの!?」


 見知ったクラスメイトのただならぬ様子に思わず声をかければ、眉間に皺を寄せた険しい顔が振り返った。


「っつ!王子がお前の影響を受けたんだ。それ以上は言わん!」

「は!?悪口?」

「っぐぅ‥‥!」


 途端に刺すような鋭い圧が側から発せられて、ギリムが堪らず膝をつく。

 苦悶の表情にトッピングされた心底恨めし気な視線が、オリーブ色の前髪の隙間からわたしに向けられるけど、今殺気を飛ばしたのは護衛ズであってわたしは濡れ衣だ。

 護衛の不始末は護られる主人の責任?うん‥‥まぁそうなんだけど。


「あぁ、ごめんって!お詫びにハディス様が抱えて走ってくれるわ!」

「「はぁ!?」」


 心底嫌そうな両者の反応に、即座にわたしの案が却下されたことは悟った。

 けど、ギリム‥‥凄く急いでるみたいだったんだけど、未だに護衛ズの殺気が膝にキタみたいで立てていないのよねー。わたしのせいで急ぎの用事に間に合わなくなったら申し訳ないわ。


「ごきげんよう、マイアロフ様、バンブリア様。一体これは、どうなさったのです?」


 丁度玄関ホールに入って来たバネッタが、しゃがみ込んだギリムに驚きの声を上げる。

 今朝、元気な姿を見たばかりだというのにどうしたことなのか?との思いが、その表情にしっかり現れている。


「えーと、これはちょっとした勘違いとすれ違いが原因でして‥‥。」歯切れ悪くゴニョゴニョ言うわたしに、バネッタは胡乱な視線を向けつつ、呆れた様にため息を一つ吐く。


「先生には事情をお話しておきますから、マイアロフ様をしっかりと医務室へ連れて行って差し上げてくださいませ?」

「あ‥‥ありがとう!ニスィアン様。助かります!あと、目的地は医務室じゃないみたいなんで、少し時間がかかるとお伝えください。」


 感謝を伝えてすぐさま立ち去ろうとしたわたしの前に、バネッタは内緒話をする様に扇をすっと開いて口元を隠しつつ身体を寄せて来る。で?何をなさいましたの?――と、いつになくワクワクした様子で尋問してくるバネッタに、護衛ズの殺気による体調不良を起こさせてしまった旨を伝えると、心底呆れたような視線を返されたわ。


 結局ハディスがギリムを肩に担ぎあげて――お姫様抱っこは双方共に断固拒否を、それはそれは強く主張したから――玄関からある程度遠ざかるまで、オルフェンズの魔力で隠しつつ、王城への渡り廊下を進んだ。





 王城内に足を踏み入れたわたし達は、勿論オルフェンズの隠遁は解き、ギリムとハディスの各所顔パス状態でアポロニウス王子の居室へやって来た。


 王子の居室は、しっかりとした樫木かしのきの扉がピタリと閉じられているにも関わらず、中からは先に着いているのであろう、宰相令息ロザリオンの切羽詰まった声が漏れ聞こえてくる。


「思いとどまりください!」


 扉の両脇に控える騎士たちが、ちらちらと気遣わしげに扉に視線を向けているところに、肩から降ろされたギリムと並ぶ様にしてハディスが堂々と近付いて行けば、明らかにほっとした様子を見せた騎士によって速やかに扉が開かれた。


「王子!カヒナシからお戻りになった途端、月の忌子ムーンドロップ討伐に向かわれるとは一体どう云う事ですか!」


 大声を発しながら室内に飛び込むように勢い良く踏み出したギリムの背後から覗けば、そこに居たのは今にも飛び出しそうに外套を片手にしたアポロニウス王子と、それに縋るロザリオンやお馴染みのご学友達。


 そして脳内に甦るのは、ついさっきギリムに言われた意味の分からない言い掛かりセリフ――。


「えっ?これがわたしの影響を受けた結果だっていうの!?わたしこんな取り押さえられるような下手な真似なんてしないし、やろうとするのがそれだけまずい事なんでしょ?ないわー。」


 どう考えても、友人たちがここまで必死に止めようとする事態にのこのこ突っ込んで行くのは、わたしでも分かる悪手よ!そんなのがわたしの影響を受けた結果なんてひどい侮辱じゃない!?


 するりと零れ出た言葉に、室内がしん‥‥と静まり返り、全員の視線がわたしに注がれたのが分かった。


 あ、まずい。またやっちゃった‥‥。


「お前!このお方をどなたと心得る――!」


 王子に縋っていたうちの1人、カインザが前世まえにも今世いまにも聞いたことのあるセリフを叫んで、室内の騒ぎは一応の終結をみたのだった

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