第11話 明日の朝は一番に君の愛らしい顔を見せてくれるかな?マイ ハニー?
ヘリオスから手紙が来た!普通の配達員さんが運んでくれる物の方だったから着くまでに2日間ほどはかかったはずだけど、姿を消してから6日目で手紙が届いたのなら、家出と呼べるほどのものでもなかったのかもしれない。
それに、お父様とお母様は手紙より先に秘密の伝手で、ヘリオスの行き先を知っていたなんて驚きの告白をしてくれたし‥‥。なんでわたしには教えてくれなかったのよぉーって抗議をしたら、お母様からは「あなたには弟離れが必要ですからね。」なんて皺の寄った眉間を揉み解しながら言ってたわね。
『ぢゅう』
授業の開始を待つ王立貴族学園講義室の閉じた扉をすり抜けて、緋色の大ネズミが室内に飛び込んで来るや、脇目も振らずわたしの頭の上へ飛び乗ってきた。
いやー殆どの人には見えていないから良い様なものの、それでも何人かには見えていそうよ?
視えてる筆頭のギリムなんて分かり易いぐらい目を眇めてこっちを凝視してるし。
「可愛い護衛くんがやって来たのかな?赤い靄が乗っかってるね。」
「スバル!お帰りなさい。赤い子も今来たところよ。それで?『エクリプス辺境伯家の遣い』はどうだった?何かお手伝いできることがあったら遠慮なく言ってね。」
わたしの親友スバル・エクリプスは、フージュ王国辺境の地『エウレア』を治める辺境伯のご令嬢だ。僅かにだけど魔力の色を捉える事の出来る彼女は、その能力を活かして武功を挙げ、騎士爵を得た女傑だ。
ほんの数刻前、学園長室に『エクリプス辺境伯家の遣い』と呼ばれる書簡を運ぶ大型猛禽類が飛来し、その内容伝達のためスバルが呼ばれていたのだ。
「あぁ‥‥うん、今回は帰郷を促すものだったよ。」
言いながらスバルの表情は曇った。
「もしかして、噂になっているあの魔物対策‥‥?」
口元に手を当ててそっと呟くと、スバルは無言で頷く。
ほんの数日前に突然現れた、強力な魔物――恐らくは
その姿はコウモリの様な大きな翼を持った巨大なトカゲによく似た魔物で、尻尾の一振りで堅牢な砦の外壁を砕き、咆哮は周囲1kmに渡って空気を震わせるらしい。
今はまだ辺境からの被害の声を聞くくらいだけれど、その被害地は徐々にフージュ王国中央の王都へと近付いている。
襲われた辺境の村や町から逃げてきた人々が語る内容は、共通して同じ特徴を持つ魔物一頭による襲撃証言だ。そして同じく共通しているのは、村や町の巡視兵だけでなく、領主や王都からの派兵によって守られたと言うこと。
バンブリア商会の持つ各地を巡る商隊による情報網では、文化体育発表会直後くらいからその被害が起こり始めていたけれど、魔物の姿や被害状況は意図されたように王都には伝わって来ない。わたしたちの様に特別な情報元が無ければ。
「王都周辺の町や村では、防御の魔道具が衛兵の詰め所に運び込まれているとか、魔道具の燃料とする魔石の流通も市井では滞りがちなんて話も商隊からの報告書にはあったわね。」
「王都もきな臭いけど、まだはっきりとした動きは出ていないね。中央から遠ざかれば遠ざかるほど、切実な話が出てくる。だからこその辺境帰郷なんだけどね。」
「いつ出発するの?」
「
龍ならひとっ飛びなんだけど、そんな訳にもいかないものね。どうもあれが出来るのは、今のところわたしだけみたいだし。
スバルの中ではいつの間にか帰郷ルートが定まったらしく、わたしと目が合うとニカッと大きく笑って見せる。ひそひそ内緒話終了の合図だ。
「明日の朝は一番に君の愛らしい顔を見せてくれるかな?マイ ハニー?」
「まぁ素敵ね。あなたの陽の光に輝く
おどけて大仰な芝居風に両腕を広げて声を張り上げたスバルに合わせて、わたしも祈る様に両手を胸の前で組んで声を張れば講義室中の視線が集まった。けれど、今の小芝居はスバルの旅立ちの報告と、見送りのお誘いだ。
『明日の日の出の時刻に出立するスバルを王都中央都市を取り囲む防壁の東門で見送る』の意味を込めた大きな声の内緒話―――ほとんどのクラスメイトはバカバカしい遣り取りに微笑ましい視線を向けているだけだけれど、ギリムは表情を引き締めたし、バネッタは口元だけを笑みの形にして扇をパチンと音を立てて閉じて見せた。伝えたい人には伝わったみたいだ。
頭の上の大ネズミも、何か伝えたいことがあるのかモゾモゾと
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