第10話 『弱める』だけの魔力。 ※ヘリオス視点

「学園で君の話を聞かせてもらった時は、姉弟ならではの感情かと思ったが。」と語るアポロニウス王子の思い起こしているものは、間違いなく家出前の僕との会話だ。


 あの家出を決行した日。偶然、生徒会室でふたりきりになったアポロニウス王子があまりにお姉さまを称賛するのにカッとなり、お姉さまへの劣等感からのわだかまりを感情的に喚き散らした時の事だ。

 ――やめて欲しい、恥ずかしすぎる‥‥王子とはいえ後輩に姉弟喧嘩の延長のようなものを見せ付けてしまったんだ、冷静になった今では思い出したくもない黒歴史になりつつある‥‥。

 あの時は、歌劇の衣装や歴史学課題だけでなく体術でも結果を残したお姉さまに大きく差を付けられた気がして悔しくて苦しくて‥‥その上、ようやく自分の道を究めようと奮起して形にした自信作が商会で酷評を受けた直後で、お姉さまに追いつけると意気込んだ気持ちをポッキリと折られた直後だったから、感情の起伏も相当なものだった。


『少し、家族から離れてみてはどうだろう、私は明後日にカヒナシ領へ赴く事となっているがヘリオスが来たいのなら共に来れば良い。あの地は君も馴染みのあるところだろうからな。』


 年齢に似合わぬ包容力と云うか、堂々とした風格につい引き寄せられるように同意してしまったんだ。


「君が見た通り、私の魔力には強力に何かを引き起こす力はない。むしろ特別な色の魔力の効果を『弱める』だけの魔力だと思っていたほどだ。まあ、たった今君のおかげで魔物の生息地の魔力に影響を受けた植物の変容を緩和する効果があると知れたが。とは言え、これもこの植物にまとわりついた薄黄色い暗灰色の魔力を『弱めた』結果か。浄化や相殺の様な強い効果は無い様だな。魔力量は多いはずなのだが皮肉なものだ。」


 いつまでも灰茶色の枝と、緑に戻ることのない煤竹色すすたけいろの葉のままの小枝を手の中でくるくると弄び続ける王子。


「君が姉上や、叔父上に向けるような思いを、私は王城しか知らぬ内は叔父上達や、父上に抱き、学園に来る様になってからはマイアロフや君の姉上に抱くことになったな。」

「増えているじゃないですか。それは堪らないですね‥‥。けどそんな素振りは全く表に出さずにいられるなんて、羨ましいです。」


 意外だ、こんなに堂々としたアポロニウス王子なのに、コンプレックスを抱えていたのが。しかも僕と同じく身近な人間に対してのわだかまりだ。完璧で自信家だと思っていた王子なのに、不思議な気がする。僕に話を合わせてくれただけかもしれないけれど、それでもすべてが嘘とは思えない話しぶりだった。しかも、王子が挙げた名前の1つは、あの超人的な剣技を持つハディス様だ。話の信憑性を裏付けるに足る人選だ。


「あぁ、堪ったものではないな。けど私はそんな彼らをも護る立場にならねばならない。王に立つ可能性が最も高い位置に居るからな。無理をしてでも心を奮い立たさねばならん。」

「僕も同じです。どんな超人的な姉でも、姉弟の縁を切りたいとは思わないし、開発を止める気も起こらない。苦しいのが分かってるまま足掻くことしか選べません。まぁ、苦しいですが。」

「お互い、苦しいな。」

「本当に。周囲に恵まれると苦しいなんて、贅沢な悩みですね。」

「ああ。実際こんな立場に立つ私たちにしか分からんだろうがな。贅沢な悩みだ。」


 揃って諦めたような口調だけれど、アポロニウス王子の表情は穏やかだった。王子が、自分と僕が同じような立場だと称したことに驚きつつ、苦しいのは変わらないけれど、同士を得られたのがとても心強い。それはこの会話を持ち掛けてきた王子も同様なのだろう。


「ふふっ。初めてこんなに無様な自分を晒した気がしますよ?それなのに何故かスッキリしている気がします。」

「私もだ。ヘリオスが私と良く似ていることに気付いた自分を褒めたいくらいだな。ヘリオスに『義兄上あにうえ』と呼ばれる関係になれたなら、楽しく過ごせそうだな。」


 義兄上あにうえ!?まさか王子までがお姉さまの事を?いやいやいやいや‥‥うそだろぉ。


「2学年も下のアポロニウス王子を『あに』と呼ぶのはちょっと抵抗感がありますが‥‥。――それよりも我が家で王族同士が争うのは見たくありませんのでご勘弁願いたいです。」


 内心の焦りを押し隠しながら、努めて笑顔でさらりと躱す。


「ヘリオスが私の味方をしてくれれば良いのではないか?」


 うぐ‥‥、これが『しかし まわりこまれてしまった!』というやつか。眩しい笑顔でなかなか押しが強いな。けど、僕もこれ以上お姉さまの周りにとんでもない面々が集うのは避けたいし、何より僕もでも絶賛悩み中なんだよ!


「ハディス様に憧れつつ、強引な囲い込みを進めようとする彼等のやり方には納得出来ない僕を、さらに板挟みになさるおつもりですか!?」

「友人として融通出来んものか?」

「友人なら尚のこと、ダメなものはダメってはっきり言いますよ?と言うか、言わせてください!?」


 勘弁して!?この王族たちは、どうして揃いも揃ってお姉さま絡みの浮かれた話で僕を悩ませるんだ!?


 必死で融通を拒否し続ける僕に、アポロニウス王子は愉快そうに笑いながら距離をじりじり詰め寄り、ダメです!を何度も繰り返して近付かれた分をじりじり後退する。気付けば衛兵たちからは、ぎょっとした視線を向けられていて、目が合うと慌てたように視線を逸らされた。


 え!?何か変な風に勘違いされてない!?ちょっとぉ――!!


「王子!お戯れもほどほどに!!」

「いいや、本丸がダメならまずは外濠からと云う手もあるからな。」


 ニヤリと妖艶な笑みを浮かべる12歳に末恐ろしさを感じながら、同時に僕は随分と気持ちが楽になっているのに気付いた。


 それにしても、この国の王族ときたら‥‥。最近のハディス様は何か吹っ切ったみたいに色気と権威全開で、僕でも色々戸惑う位なのに、お姉さまときたら全く鈍感で‥‥いや?気付かないままの方が良いのかな?


 うん、僕の心の安寧のためにも鈍感なままでいてください、お姉さま!

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