第9話 こんなに自信に満ち溢れた王子でも、そんな風に自分を卑下するなんて意外だった。 ※ヘリオス視点
峻嶺から覗く朝日がカヒナシの地を照らすのは、フージュ王国の外縁を縁取る山々が連なるこの国においては王都よりも少し遅い。
馬ではなく自分の足での遠駆けから帰って来た僕は、汗の流れ落ちる身体を拭き清めるため、屋敷の片隅にある井戸で水を汲み上げていた。
「ヘリオス、部屋を訪ねたが姿が見えなかったから探したぞ。鍛練をしていたのか?」
「おはようございます!アポロニウス王子。朝のルーティンのトレーニングがわりに、
手早く絞った手巾で顔を拭って王子に一礼する。
「朝の?今、行って帰って来たのか?」
「はい!公爵様に許可はいただいてますし、ムルキャン様は僕の事を知っておられますから問題はないですよ。」
「いや、そうではなく今朝摘んだ――枝?」
「はい、新素材として利用できたらと。いくつかアイディアを試すために、今日の執務のお手伝い前にトレーニングのランニングがてら足を伸ばしました。」
どうぞ、とアポロニウスに採って来たばかりの、灰色の枝に紫の葉がついた小振りな枝を何本か差し出す。足元にはもう少し大ぶりな枝を何本も重ねて紐で括って転がしてある。
「確かに、あのシンリ砦の森で見かけたのと同じ、珍しい色の魔力を纏った枝だな。」
感心した様な声音ではあったけど、お姉さまやお父様と違って魔力の色が見えたことのない僕は、心にチクリとした痛みが走る。アポロニウス王子はそんな僕の内心に気付かないまま、ふむ・と呟くと、背後に連なる護衛騎士を振り返る。
「お前たち、朝のうちにあの砦まで行って帰ってくることは可能か?」
3人で付き従う騎士たちが顔を強張らせるなか、1人の最年長の騎士が軽く頭を下げつつ半歩進み出ると、王子の許可を待って口を開く。
「砦に換え馬を用意し、駆けさせれば不可能ではございません。」
「あぁ、良く分かった。」
満足げに答えた王子が、にこりとしながら再びこちらに向き直る。
「ヘリオス、君たち家族でそれは普通のことなんだろうか?セレネ嬢が色々と規格外なのはもうすでに隠し様が無いほど各所に知れ渡ってしまったが、どうも君も同じような気がする。」
尋ねてはいるけれど、確信をもって聞かれているのだろう。けど僕はお姉さまほど凄くはない。努力に努力を重ねてやっとお姉さまに追いすがる事が出来る程度だ。けどお父様、お母様には本当に良くしていただいたんだ。
「父と母は別段目立ったところは無いかと思います。ただ、両親は僕たちの望むまま、それぞれの秀でているところを伸ばすように育ててくれました。感謝してもしきれません。」
「うむ、それだけでこの成果はとんでもないとは思うが。まあ、君たちにしたらそうなんだろうな。だが謙遜は美徳ではあるけれど、過ぎれば嫌味ともなるし、正しく状況を理解できない愚者と侮られることもあるからな?ヘリオス。」
その言い様だと、まるで僕をとんでもなく評価するに値する者だと言っているように聞こえるんだけど、思い上がりだよね?だってハディス様やお姉さまを知っていたら、僕なんて足元にも及ばないってはっきり分かるからね。僕にはまだまだ能力を伸ばすべき余地がある。アポロニウス王子には、僕がお姉さまとの能力差が縮められないことに悩んでいることを話しているから、気を使わせてしまったのかもしれないな。
突然、ひときわ強い風か吹き、アポロニウス王子に見せていた小枝が風に煽られて、手からカラリと音をたててこぼれ落ちる。
「おっと。」
咄嗟に、崩れた小枝を空中で受け止めた王子の手の中で、小枝の色がゆっくりと変化する。枝は灰色から灰茶色へ、葉は紫色から
「あ!」
「これは‥‥、なるほど。」
驚いた、まさか偶然触れただけで森の魔力の影響を受けたモノの変容度合いを薄れさせるなんて。こんな魔力や魔術は聞いたことが無い。これが王族の力なんだ、凄い!
――けど、僕が驚くのは勿論だけど、もしかしたら王子自身も驚いていた気がする‥‥?
「私が自分の力に驚いているのが不思議そうだな、ヘリオス。」
「あ、いえ‥‥えぇ、まぁ。」
不躾に王子を観察しすぎてしまったことに対しての指摘を受けてしまった。気まずいな。
「別に責めてはいないぞ。ただ、私
王子の表情に浮かぶのは、自嘲の色。こんなに自信に満ち溢れた王子でも、そんな風に自分を卑下するなんて意外だった。
アポロニウス王子の自信なさげな一面は意外だったけれど、そんな気持ちが余程分かりやすく表情に表れていたのか、もう一度改めて僕を見て表情を緩めた王子が、騎士たちに「ヘリオスと2人で話がしたい。」と告げて、声の聞こえないぎりぎりまで距離を取らせた。
「ヘリオス、今から話すことは同じような境遇にある者の戯言だと思って聞いてくれ。どうも互いの境遇が似ている気がしてな。学園で君の話を聞かせてもらった時は、姉弟ならではの感情かと思ったが、私と君の抱えるものがどうしても無関係だとは思えなくなった。」
気さくな笑みに表情を変えた王子は、意外なほど幼い印象だった。とは言え、もともと12歳の少年でしかないから、当然と言えばそうなのだけれど、立場上子供らしさを表に出す事ができない王子の窮屈な実情を垣間見た気がした。
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