第69話 出来なくても良い、物は試しだ。
わたしとポリンドを乗せた龍は、ぐんぐんと上昇し、雲の上に突き抜ける。
「すと―――っぷ!!大気圏まで出るつもり?わたしたちを殺す気!?」
龍の髭をぐっと引いて静止を伝えると、龍はゆっくりと上昇するのを止めてその場で大きく旋回を始めた。
眼下に広がるのは一面の雲海だ。
「いやぁねー。この子がわたし達に危害を加えるわけ‥‥っくしゃん!寒っ!寒いわ!!」
「っ!!もぉー!至近距離でくしゃみは止めてー!両手が塞がってるんですよ、もぉー。」
「仕方ないでしょー!寒いんだもの。雲の上だけ季節が違うのぉー?もぉー。」
ポリンドが、わたしの首を抱え込む両腕に力を込める。肩から剥き出しの腕は鳥肌が立って、微かに震えているから、本当に寒いんだろう。
「だから言ったじゃないですか、殺す気かって。このまま昇ればもっと寒くなるし、なんなら空気も無くなっちゃいますよ。わたしは魔力を纏っているからか、寒さは今のところ無いですけどね。」
「なにそれ!ちょっ‥‥私、こんな高い所に来たこと無いんだから知らないわ!早く何とかして!!」
「しーめーなーいーで――。もが。」
しまった、脅かしすぎたか。
焦ったポリンドが本格的に両腕に力を入れてしがみつくから、わたしの顔に彼の胸元が密着する。
見えないし、苦しいし。
「なんで子猫ちゃんは平気なのよ!寒くもないみたいだし!」
「多分この着ぐるみパジャマ―――緋ネズミを真似た格好になってるからだと思います。魔力を身体の外側に沿って薄い膜みたいに留める様にすれば出来ますよ。ポリンド講師にも。ついでに、これだと龍や‥‥恐らく緋ネズミにも触れるでしょうから、やってみたらどうです?」
そんな難しいことをしているつもりもなく、こんな大きな龍を顕現させる程の魔力を持つポリンドなら余裕で出来てしまうんだろうなぁー。そう思いながら言ってみたけど「そんな器用なこと出来るわけ無いでしょ!!」と、半泣きで言われた。早く降りるしかないみたいね。
龍は、ゆるゆると旋回しながら下降し、やがて雲から出ると月に照らし出された景色が眼下に広がる。ここへ来て、ポリンドの拘束も緩んだから、ようやく二重の意味で視界がひらける。
「!!」
ひゅ‥‥と、吸った空気が音をたてた。感嘆で言葉を失う景色がそこには展開されていたから。
大きく円を描く龍の身体と同じく、周囲をぐるりと取り囲む峻嶺。その山々は同じ様に険しく高く聳え立っており、小さく見える王城を中心として、綺麗な丸を描いている。円の中は豊かな緑に覆われ、外側は円から外れるに従って徐々に緑を減らして行く様だった。
それより何より気になったのはこの峻嶺の形状だ。
「これはまるで巨大なクレーターよね‥‥。」
古い伝承に残る『光り輝く大地』はもしかすると、このクレーター形成に関わった出来事を示していたのだろうか?そして、それは
「見ちゃったね。今まで
「うっとりしてるとこ悪いんですけど、これってそんなキラキラしいモノじゃなくて、結構な災害の痕跡だと思うんですけど。」
『ちゅう。』
主張するように、側に寄ってきたネズミーズが落ち着きなく動き回ったり、鳴き声を上げるのはもしかしなくても、主のことを伝えているのだろう。
もう少しこの景色を確認したいけど、ふと上昇する時に目に映った赤髪を思い出す、
「心配してるだろうなぁー。けど、またとない機会だし、もう少し見ておきたいし‥‥。そっか、報連相をしっかりすれば良いのよね!」
神出鬼没のネズミーズは、きっとまだ王城のハディスの近くにも沢山居るはずだ。そして、ここにも居ると云うことは、例のネズミーズの新能力である手紙転送が使えるじゃない!
「あぁ、でも紙とペンがないわ!?」
「何ひとりでブツブツいってんの?」
「気にしないでください。機密事項です。ハディス様との秘密です。」
「は!?」
両目と口を大きく開いたポリンドは、置いておき、真横までやって来た大ネズミを見て、わたしはもしかしたら‥‥と考える。小さい子は文字を送るだけだけど、大きい子ならもっと出来るんじゃない!?と。
出来なくても良い、物は試しだ。
「ハディス様に文字を送りたいのだけど出来るかしら?こう‥‥‥ね?」
龍の髭を持ったまま立てた人差し指を動かして空中に文字を描く。
「あ、でも文字はお城の壁や家具にはつけないでね?出来る?」
『ぢぢ!』
任せろ!とでも言うように、大ネズミが大きく頷くと、背後に居たネズミーズ5匹がチョロチョロ動き回り、次々に空中にその姿を消していった。高そうなお城の調度に傷でも付けて弁償することになんてなったら大変だもんね。注意出来たからこれで一安心よ。
「よし!これで安心してもう少し景色を見て回れるわね!」
「ちょっと!?今の何なの!」
「ハディス様との秘密です。」
「だから何なのぉー!?」
これでハディスにはこちらの状況が伝わってひと安心!
見たい、知りたい気持ちに逸ったわたしは、短絡的にそう思っていた。
だからこそ忘れていた。物事の『初めて』には試行錯誤がつきもので、失敗は当たり前だと云うことに。
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