第70話 空落ち王国終わりしる ※ハディス視点

「何だよこれ――――!!?」


 先頭に立ち、衛士や、王族直属の騎士達を率いて、ポリンドを襲った犯人の捕縛と、消えたポリンドの痕跡を探っていたハディスの声が現場となった尖塔内に響く。


 その視線の先、捕縛したばかりの男の背中から焦げ臭い匂いが漂いはじめ、時を同じくして、周辺に急に集まり出した緋ネズミ達に、何か異変が起きたのかと警戒を高めていた時にソレは起こった。





 時はほんの数分前に遡る。


「うわぁぁあ!!熱いっ!」


 2人の衛士に左右から両腕を引かれた男が、急に暴れ出した。男は、ポセイリンド襲撃の現行犯で捕縛されたばかりの、元婚約者候補の兄であった。王家に近しい公爵家であり、婚約者候補にまでその名が上がる程の者達だから今夜の『月見の宴』にも当主と共に出席していたのだが、まさかこんな馬鹿な騒ぎを起こすとは‥‥といったところか。


 その男がしきりに気にするタキシードの背の部分の生地がじわじわと焦げ始めているのを見た衛士達は皆、見た事の無い怪異に思わず息を飲んだ。


 炎も上げることなく、じわじわと広がってゆく焦げ跡が文字を象り始めたからだ。



『 空   落ち   王国  終わりし   る 』


 空 落ち 王国 終わりし る


「空が落ち、王国の終わりを知る――だと!?」

「王国の終焉を知らせるお告げか!?」

「この不届き者達が、神器の継承者であるポセイリンド閣下と護り龍に刃を向けなどするから、女神さまのお怒りを買ったのだ!!」


 衛士や騎士達が恐怖と怒りで色めき立つ。


「何だよこれ――――!!?」


 ハディスも例外なく頭を抱えた。けどそれは周囲の衛士達とはちょっと違う理由でだ。


 え?なに?禍々しいけど、でもこれってネズミたちの文字伝達能力と発火能力の合わせ技だよね!?しかも現れてきたこの文字ってセレネの文字っぽいというか――うん、間違いなく彼女の筆跡だよね。


 ほんと、一体何やらかしてるのぉー!?


「ハディアベス閣下!」


 再び大声を上げそうになったところで、王族直属の騎士が裁可を求めるべく声を掛けて来る。

 うん、お陰でちょっと冷静になれた。


「うーん、もうちょっと待ってくれる?この文字、きっとまだ続きがあると思うんだー。」

「は‥‥?」


 凄く怪訝そうに見られてるけど、この小ネズミ達の反応も、まだ何か考え込んでるって言うか、思い出してるって言うか。5匹の緋色の小ネズミがスッキリしない感じで、怪異文字の現れたタキシードの前に並んで首を傾げたり、ひくひく鼻を動かしながら隣の小ネズミの方を見て話しかけている風の態度をとったりしてるんだよねー。


 すると、思った通りネズミたちがタキシードに飛び付き、焦げ文字を追加で記して行く。


『空にいる 落ちてない 王国を 見終わりしだい 戻る』


「あいつ‥‥ポセイリンドからのメッセージだ。神器の力を使って僕たちに身の安全を知らせてくれたみたいだよ。」


 前代未聞の魔術、生活魔法としても諜報としても利用価値の高過ぎる魔力の利用方法に、衛士や騎士達が「おぉ、さすが継承者様!」などと感嘆の声を上げる。敢えてセレネ嬢の名前を告げなかったのは、こんな特異な魔法を使える人間を、普通の国の中枢の人間が放っておく訳が無いからだ。男爵令嬢でしかない彼女が自由に動くためには、高位貴族に目を付けられるわけにはいかないのに、こんな風に簡単に自分の価値を見せつけるような真似をするのは本当に勘弁してほしい。

 セレネ嬢の望みである『入り婿になってバンブリア商会を一緒に盛り立ててくれる人を捕まえる事』を叶えさせてやるにはやっぱりが必要だよね。

 と、ため息を吐くのと同時に、至近距離から忍び笑いがシンクロする。


「やはり桜の君は神々しい。」

「んなっ!銀の!!いつの間に現れたんだよー!」


 胸に両手を重ねて陶酔した表情で目を瞑るオルフェンズが、いつの間にか隣に立っていた。





「出迎えご苦労さまー!」


 程なく、ポセイリンドがその身を躍らせた窓から、今度は勢いよく飛び込んで来た。


「何気楽にへらへら笑いながら戻って来てんだよ!こっちは追い詰められて飛び降りたかと思って心配したんだからねー!」

「あー、だってもぉ笑うしかない事態が起こっちゃってねぇ。」

「はぁ!?」


 ナニソレと考える間も無く、引き続き窓から大きなモノが―――いや、巨大過ぎる緋ネズミが大ネズミ、小ネズミと共に飛び込んできて、目の前へ突進して来る。


 何!?ネズミの二足歩行!?違う!人の顔がある!え?服なの!?いや、魔力がネズミの格好にさせてるの!?

 見たこともない姿の人間、しかもやっぱりと言うか、こんな規格外なことをするのはセレネだったかと、情報処理が追い付かないまま言葉も出せなくて。

 ただ目を見開いているだけの僕に、僕だけの魔力の眷属姿の彼女が、満面の笑みを向ける。


「ハディス様!ただいま戻りました――!!すごくすごくすごく、すっご―――く重要な発見が出来たんですよっ!百聞は一見に如かずってこんなこと言うんですよねっ、きっと!」

「かっ‥‥‥。」


 可愛すぎるだろ―――!?

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