第68話 私情のもつれによる修羅場でも、見ず知らずの暴漢による襲撃でもないんですね?

 何だかポリンドと訳アリそうな年嵩のご令嬢と、これまたポリンドに向ける並々ならぬ懸想の念を隠そうともしないぎらついた雰囲気の男の2人に迫られたポリンドで繰り広げられる修羅場風の状況に、恐る恐る声を掛けてみた。

 すると、ポリンドに迫っていたご令嬢が顔色を蒼白にし、唇を戦慄かせてわたしを見る。


「そっ‥‥空を飛んで来た!?そ、そ、それに火の玉がっ‥‥。」

「ひぃっ!火の玉を操って空を飛ぶなんて――魔の者、魔物か!?」


 男も零れ落ちそうなくらい双眸を見開いて、わたしを驚愕の表情で見ている。


「この方たち、魔力が全く見えないんですか?」

「え?あ、あぁ。ちょっとした先代国王ので、ね?」


 なんだろう?意味が分からないけど、ちょっと嫌味な感じに含みを持たせてるのは分かった。青龍は大きすぎてポリンドのそばの窓へ顔を突っ込むことも出来す、鼻先だけを窓の縁に引っ掛けるようにして、この場を覗き込んでいる。なんだか可愛い。


「じゃあ、私情のもつれによる修羅場でも、見ず知らずの暴漢による襲撃でもないんですね?」


 確認していると、ポリンドはうんざりした表情を返しただけだったが、背後にいた男が再起動してしまったようだった。


「何だ!?お前‥‥そういえばさっきホールに居たな。私を誰だと思っている!」


 あ、まずい。わたしがただの人間の娘だって気付いたみたい。急に居丈高で詰め寄って来る。

 けれど、令嬢の方はもう少し冷静だったようで、怯えの見える瞳でこちらを凝視しながら、兄の腕を引いて止めようとしている。そうこうしているうちに、階下から複数人がドタバタと駆け上がってくる音が響いてくる。


「おっ‥‥お兄様っ!まずいですわ、人が来ます!それにあの娘っ、空中に浮かんでいます!普通じゃありませんわっ。」

「ちっ、このままでは私たちは何の収穫もなく、王弟殿下にただ迫った不名誉な汚点のみを残すことになってしまう‥‥。あぁ、良いことを思いついた。」


 男の視線がしっかりとわたしを捉え、獲物を狙うようなギラついた光を湛える。わたしは嫌な予感しかしない。


「体調を崩して塔に籠っていた王弟殿下に、人に擬態した『宙を飛ぶ魔物』が王弟殿下に襲い掛かったのを、彼の身を案じてやって来ていた婚約者とその兄がなんとか守ろうとした。けれど狭い場所での戦いに、魔物も抵抗したため、何とか魔物は倒せたが、その過程で不幸にも王弟殿下は命を落としてしまった。こんな素晴らしい筋書きに変更してはどうだろう。」

「全くもって不愉快だし、婚約者ではなく候補の一人であっただけで、しかも私は断っているからね?」


 ポリンドの言葉にも反応を返さず、男は隠し持っていた短剣をすらりと抜き放つ。それに呼応したのか、令嬢も長いスカートの裾にそっと手を差し入れると、同じ様な短剣を取り出した。


「ポセイリンド閣下が素直に我々を受け入れて下されば、こんな手は使いませんでした!」


 近付いてくる足音に急かされる様に、男と令嬢は焦った表情でちらりと背後の階段へ視線を向け、すぐに短剣を構えて切り掛かって来る。狭い場所での破れかぶれの大ぶりの剣筋が危険極まりない。しかも、2人はただの素人ではないのか、それなりに腕前はあるらしく、確実にポリンドを再度窓際へ追い詰めて行く。


「ポリンド講師!わたしに飛び移ってください!!」

「はぁ!?飛び移るって何よ!?」

「文字通り、龍じゃなくって、掴まれるところはわたしだけですので!!」

「何言って―――ちっ!」


 男と令嬢の息の合った連撃に、獲物を持たないポリンドは防戦一方で、再び最初と同じ窓際へ追い詰められる。


「ポリンド講師!わたしは身体強化も使えるから大丈夫です!!」

「そんな問題じゃないだろ―――!!」


 やけくそに叫んだポリンドが、窓枠を蹴ってひらりと宙を舞い、龍の頭上に髭を引いて座した姿勢のわたしの正面に突っ込んで来る。


「ぐっ!」


 両手両足を開いて飛び込んで来てくれたならまだ良かったのだろうに、生憎彼の今日の衣装はタイトなマーメイドラインのスカートで、足を広げられる訳もなく、揃えた両ひざが容赦なくわたしの腹部を抉る。


「ちょっと!」


 一瞬意識が遠のいたけど、ポリンドの焦った声に、慌てて首を振って頭の靄を吹き飛ばす。

 焦りながらもポリンドはただしがみついた状態からそろそろと姿勢を変えて、正面からわたしの首に両腕を絡め、淑女が馬上の騎士の前に座るような横座りの状態でわたしの膝の上に収まる事に決めたらしい。


 窓から男と令嬢が短剣を突き出してまだ攻撃を仕掛けようとして来る。ただ、龍の見えない2人はわたしたちの浮かんでいる状況に恐慌状態となっている様で、意味の分からないことをわぁわぁ叫びつつ滅茶苦茶に刃物を振り回す危険な状況だ。早くこの窓から離れなければならない。


「しっかりしがみついて絶対に離れないでください!!」

「え?なに―――。」


 言いかけるポリンドにお構いなしに、龍の両髭をグイと引き寄せれば、自然と龍の顔は上向き、こちらを意図を察してくれたのか勢い良く急上昇を始める。


「ぎゃぁぁぁぁぁぁああっっ!!!」

「まて!」


 顔の真横で発せられた、ポリンドの遠慮の全くない野太い悲鳴で遠くなった耳に、微かにハディスの声が聞こえた気がした。すぐに飛び立った窓を見下ろしたけれど、既にその頃には視力強化したわたしの目でも、窓から出ている赤髪から、恐らくそれがやっと辿り着いたハディスなのだろうと推測出来るだけだった。

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