第63話 『ネズミ憑き』

「僕とポセイリンドは生まれた時から見ての通り、特別な色の魔力と、身体的な色の特徴を持って生まれたんだ。まぁ、そこまでは良い。代々王族に特別な色付きの魔力を操る『継承者』が現れることは良くあったことだから。けど、今代になって通例とは異なる事態が起こった。僕の魔力は『神器』のつかさどる色だけでなく『鼠』、ポセイリンドの魔力は『龍』そのものの姿となって顕現するほど強力だったんだ。魔力の強い者が多い高位貴族たちにも勿論その姿は見えたから、魔力の扱いが上手くない幼少期は特にその魔力の化身たちを抑えきれなくて、いろんな騒ぎを起こしてしまってねー‥‥。」


 何を思い出したのか、ハディスが窓際へ近付き、そこから見える城のそこ・ここへ視線を走らせて溜息を吐く。


「その時の印象が強いのか、僕の場合は『ネズミ憑き』なんて揶揄する者たちが多く居てね、貴重な本や資料などはネズミが齧ってしまうから――と、それ等を扱う文官になることや、執務を学ぶ為に文官業務の手伝いを行うことは勿論嫌がられ、ならばと1人で書物を手に学ぼうとしたところで王城の書庫に入ることも拒否や妨害を受ける始末で、まぁ、僕は唯一やることを許されたと言うか、やっても大多数から文句が出ない武の道に進んだんだ。ポセイリンドもまぁ、似たもんだけど、細かいことは本人が言わないのに僕からは話せないから。だから、そんな好き勝手言った奴等に今更擦り寄られても気持ち悪いだけなんだよねー。」


 それは、ハディスとポリンドの幼少期に城に遣える者達や、周囲を取り巻く高位貴族達から向けられた、大きな力に対する恐怖や、未知のものを恐れる無知から来る差別によるトラウマと、それが元となったコンプレックスの話だった。


国王あには、そんな僕らを守ってくれたけど、表立ってだけじゃなく、巧妙に隠れた場所で勝手なことを言う奴等が想像以上に多くてね。僕らは立場上、常に沢山の人の目に晒されるから、好き勝手な罵詈雑言に囲まれてしまう公式の場は、表情では平静を装えても心の奥底に刻み付けられた恐怖心と猜疑心のお陰で、王族として堂々と並ぶ事が出来なくなってしまったんだ。」


 確かに幼少期から、差別と侮りにまみれた視線を向けられ続けたのではたまったものではないだろう。

 さらりと「堂々と並ぶ事が出来なくなってしまった」なんて片付けているけど、ストレスから来る体調や精神の不調が出たのかもしれない。わたしが同情したところで何の助けになる訳でもないだろうけど、傷を抱えたままのハディスを放っておく選択肢は無かった。


「大丈夫ですよ。ハディス様が凄いことは、今ハディス様の周りにいるわたし達はちゃんと分かってます。ヘリオスなんて最近はわたしよりもハディス様に対する態度のほうがずーっと信頼を置いてるみたいで妬けるくらいですからね!」


 ついさっきだってヘリオスったら、わたしには最初から何かやらかす前提で話をして来たのに対して、ハディス様には礼儀正しくカヒナシでの事をしっかり報告したのよね。何この差!?あー思い出したら涙が出て来そうだわ。


「うん。分かってる。」


 窓からこちらに視線を移したハディスは穏やかな表情で、少しだけ力になれたのかな‥‥って、ほっとした――ら、そのまま手を頭の上に乗せようとして。


 ヒュ

「っだぁー!っぶないなぁ!!」


 慌てて引っ込められたハディスの手の軌道を横切って、見慣れた短刀が通過した。


「赤いの、同情を誘って距離を詰める陳腐な手を使う気なら、私が黙っていませんよ?」

「そんなつもりないしー!?そう思う銀の方が陳腐なんじゃないかなぁー!?」


 距離を詰めたい訳じゃないって、間接的に言われてるしー‥‥。

 再び胸がチクリと痛み、けれど変わらず撫でる手を伸ばしてくれる事にちょっぴり嬉しさを感じるわたしの不甲斐なさよ。

 同時に「小学生か!?」と突っ込みたくなる護衛ズのやり取りにほっこりしていると、急に背筋にざわりとした嫌な感覚が走り、窓の外に大きな魔力の動きを感じる。


「ハディス様、オルフェ?これって確かポリンド講師の魔力?」

「あぁー、うん。あいつも久々に貴族たちの声を聞いたから、鬱々しているんだろうな。」


 ハディスが言いながら窓の外を見遣り、それに釣られる様に上空を見上げて、わたしは息をのんだ。


 王城の尖塔の一つから、天に向かって真っ直ぐに伸びてゆく狼煙の様にふわりと現れたその青く長細い靄は、竜巻の様にぐるぐると円を描き始め、徐々にその全容を明らかにしてゆく。上空で荒々しく旋回しつつ徐々に顕現して行く姿の圧倒的存在感に、わたしはただ呆然と見詰めることしかできない。

 ポリンドの青い魔力が象った姿――それは、城をグルリと取り囲めるほど巨大な姿で、長い胴は煌めく鱗に覆われ、銀に光るたてがみをなびかせて、一対の枝分かれした角と、くっきりと見開かれた金の瞳、そして鋭い牙と爪をあらわにしている。青白く輝くその姿は、正しく前世の記憶にあった『龍』だった。

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