第62話 撫でられない・が怒る理由なら嬉しいかも。

 王城内はどこでも自由に散策できるわけではない。もちろん。


 なので、人見知り引き籠りイシケナル公爵は、同行してきたヘリオスと執事、そして護衛の衛士を伴って、王城の衛兵に守られている庭の東屋へ向かったし、めんどくさがりミワロマイレ大神殿主は近付く貴族を遮断するよう禰宜ねぎたちに周囲を取り囲ませて、訪月の間に繋がったバルコニーの隅を陣取り、ちゃっかり用意させた休息用の長椅子カウチに腰かけている。


「こちらが静かで、煩わしい虫どもの羽音一つ聞こえませんよ。」


 そう言って、慣れた足取りでわたしとハディスを誘導するのは、家名無しへいみん扱いのオルフェンズだ。


「って、いやおかしいでしょ!?なんで自分ちの庭みたいにそんなさくさく進んでいけるの!?」

「それよりも衛兵たちが一人もいないんだけどぉー?こんな風に警備の穴をするすると抜けられたら大問題なんだけどー!!」


 忍ぶ様子も、隠遁の魔力の発動もなく、あっさりと本来許された行動範囲から抜け出したオルフェンズに、わたしたちは揃って天を仰いだ。


「桜の君のお側にずっと侍ろうとするよりも、簡単すぎてあくびが出るほどだと云うことはお伝えしておきましょうか。」

「待って!?ずっと側に潜んでいようとはしてたのね!?」

「桜の君は気配にとても聡いですから、驚かされることもよくあります。」

「褒めてる?!けどって、実施済みなのね!?」


 気付いた記憶はないけど、何か反応してオルフェンズを驚かせたことはあるらしい。過去のわたしグッジョブ!


「ハディス様はオルフェが隠れてるのに気付いたことがありますか?」

「ふっ、赤いのに取らせるような真似は致しませんよ。」


 鼻で笑ったオルフェンズに、ハディスが大仰に鼻に皺を寄せてみせる。


「気付かないフリをしてやってただけだよー。思い上がらないで欲しいなぁ。僕を誰だと思ってるのさ。」

「これは失礼いたしました。王弟殿下。過去に比類なきほど、火鼠のかわごろもの魔力に適合した御方。」

「銀の、分かっててからかってるよねー?」

「貴殿方ご兄弟のお力は、幼き頃より注視して居るほどですよ?」

「どっちが!?僕が?君が?年齢同じくらいだよね?!」

「ふっ‥‥。」


 仲良しのオルフェのお陰で、それまで緊張してか、警戒してか‥‥とにかく極端に口数の減っていたハディスがようやく軽口を叩くくらいの元気を取り戻してくれたことにホッとする。


「セレネ嬢、にこにこしてるけど絶対何か勘違いしてるよね!?」

「大丈夫です。ハディス様とオルフェはやっぱりいいコンビだなと思っただけです。」


 喧嘩するほど仲が良いと言いますから、と付け加えると、唇を尖らせて拗ねてみせるあたり、ようやくいつもの調子に戻ってきてくれたのかな。

 それからちょっと剣呑な目付きで頭をガリガリと掻くと、わたしの頭の上へ視線を向ける。


「会場の奴ら、何人かは絶対にセレネ嬢の頭の上のソイツに気付いたはずだ。面倒なことにならなきゃいいけど。ごめんね、僕のせいだ。」


 申し訳なさそうにへにゃりと眉を下げる姿に、わたしは首を傾げた。


「何ですか?急に。この子はハディス様の魔力の眷属みたいなものだけれど、想定外の行動をするって以前にも言ってたじゃないですか。なら不可抗力なんじゃないですか?まぁ、ハディス様がこの子に、わたしの頭の上に居付く様に指示していたなら怒りますけどね!」


 ふんす!と鼻息荒く口を引き結んだ怒った表情を作ってみせると、ハディスは眉を下げたまま苦笑する。


「そんなことしないよー。だって緋色の大ネズミそいつがそこに居たんじゃ、撫でらんないじゃない。なぁー?」


 いたずらっぽく笑いながら片手をヒラヒラさせた後の、結構真剣に苛立たし気な「なぁ」だった。

 お‥‥怒ってらっしゃる?自分の魔力に?混沌としてるわね。けど、撫でられない・が怒る理由なら嬉しいかも――。


 照れて口元をモニョモニョさせたわたしに微笑ましげな視線を送っていたハディスは、ひとつ息を吐いて、うってかわった真摯な表情を向けてくる。わたしも、何となく背筋を伸ばして聞く体勢をとった。


「聞いてくれるかな。そいつがそこに執着するお陰で、セレネ嬢も間違いなく巻き込んじゃったし、何も知らないと困ることもあるだろうから。」

「なんでしょう?」


 問いかけながら、ハディスがこれから話す内容が、ポリンド同様に公式の場に滅多に出ない過去の経緯に関わるデリケートな事だと察する。何となく、ハディスの瞳の光が沈んで見えるのは、それが未だに払拭出来ていない辛い内容だからなんだろう。


「僕とポセイリンドは生まれた時から見ての通り、特別な色の魔力と、身体的な色の特徴を持って生まれたんだ。まぁ、そこまでは良い。」


 わたしは静かにハディスの瞳を見詰めることで話の続きを促した。

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