第58話 なんだろう、確実に婚期が遠退いた気がするわ。ハディスは今日一番の上機嫌な気がするけどね。

 わたしとしては、国王からの招集で不承不承参加したにもかかわらず、むき出しの悪意と敵意に塗れた視線と言葉を向けてくる人達に、ちょっぴり意趣返しが出来たらいいなぁとか、あわよくば、侮りの意識を払拭出来ると、今後の商会活動でも高位貴族への販路が広がるかもー‥‥なんて意識でやっていた小芝居よ。それがイチャついてるって、どこをどう捉えたらそうなるのよ!


「ミワロマイレ様、わたしそんな夢は見ませんから。いくら経験不足の学生だからと言っても、適当なことを言ってからかうのは止めてくださいね!」


 唇を尖らせて抗議するけれど、対するミワロマイレは「おやおや」などと楽し気に、軽めの返答をするだけだ。恋愛いじりする癖に、子ども扱いするのは止めて欲しいわね。


「お姉さま!やっぱり騒ぎの真ん中にはお姉さまが‥‥。」


 人垣の向こうから、見慣れた珊瑚色の髪が見えかくれし、やがてちょっと怒った表情のヘリオスが現れた。こちらはわたしの様に学園の制服ではなく、自宅から持参したロングジャケットを着ている。ただの上質な生地ではなく、これもスライムとトレントから作った伸縮素材で織られているので、機能性も抜群だ。さすが次期当主!さり気ない自社商品アピールも良くできてるわっ!!

 それにしても「騒ぎの真ん中には」ってどういう事よ。


「ちょっと、ヘリオス。久々に会えたのに随分な物言いね。」

「事実ですから。」


 表情も変えずに秒で返された。


「くぅっ、けどやっぱりどれだけ反抗期な態度をとられても貴方は天使には変わりないからっ!」

「僕もう天使は受け付けていませんから。」

「あぁっ、反抗期‥‥。」


 けど、そんな反抗期な天使も可愛いわ。


「ヘリオス君、元気そうで何よりだねー。イシケナルの所でのお仕事は上手くいっているのかな?まぁ、君のことだから、その才能を遺憾なく発揮しているんだろうけどね。」

「はい!イシケナル様が、その才能魅了の術集められた落とした才気ある人材を大勢領地に住まわせ監視下に置き、自分に信頼の念を抱いて懸想して崇める行動をとら自分を襲わないように心を砕く注意するあまり、とても謙虚引き籠りがちだったのを、人材配置の工夫で、互いが牽制し寵を競い合い、積極的に業務をこなす良い循環が出来上がる様に組織を見直したのがようやく軌道に乗り始めたところです。それに伴い、どなたにもお優しくあられたイシケナル様にも毅然とした態度で、信賞必罰を期待させ過ぎない様徹底していただけるようにお願いしました。」


 何このハディスとの対応の差――!?王都中央神殿でハディスの剣技を見てから、ちょっとハディスの株が上がりすぎじゃない!?やっぱ男の子は強くてカッコイイものに憧れちゃうわけ?


「おい破廉恥娘、今の言葉は言外の意味が恐ろしく沢山含まれているように聞こえたんだが気のせいかい?」


 ミワロマイレがイシケナルとヘリオスを交互に見つつ、何か察してしまったのだろう。こそこそ話し掛けてくる。


「普通はそうは取らないだろうが、何せお前の弟の様だからねぇ。」

「ふふっ、弟はバンブリア商会の次期当主らしく、とても頭が切れる天使ですから。」


 曖昧に笑いながら誤魔化しつつ、達成感に満ち溢れたヘリオスの表情と、どこか遠い目をしたイシケナルを見るに、ヘリオスの目指す『矯正』は、それなりに上手くいっているのだろう。


 国王直々の招待だと示す事によって、周囲の高位貴族に侮られない様にするためのデモンストレーションのつもりだったけど、予期せず我が家とイシケナル公爵や、ミワロマイレとの関わりを見せつけるような事になってしまったわ。嘘ではないけど、とても不本意な繋がりだけに複雑だわ。


「良かったねー。これで羽虫の音に煩わされたり、余計な虫は着きにくくなったよねー。」

「ハディス様?ここに来て一番の、とってもイイ笑顔ですね‥‥。まぁ、効果としては上々なんでしょうけど。」


 なんだろう、確実に婚期が遠退いた気がするわ。ハディスは今日一番の上機嫌な気がするけどね。



「ポセイリンド・ミユキ・フージュ様お越しです。」


 騒ぎが収まるのを見計らっていたかのように、再び来場者を告げる声がホールに響く。


 来客たちはざわりとさざめいて、来場を告げられた人物とハディスの間で、視線を行き来させる。


「ちっ。」


 んん?ハディスが笑顔を張り付けて舌打ちしたわ!?

 華やかな宴にふさわしくない不穏な雰囲気なんだけど、どうして?



 わたしたちの周囲を取り囲んでいた人垣がさっと割れて、自然にホール入り口からここまでの道が出来上がると、その先には妖艶で怜悧な笑みを浮かべた美人が真っ直ぐこちらを見て佇んでいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る