第57話 またそんな傷口に塩を塗り込むような話題ですか!?

 国王の登場まで今しばらく、訪月の間ホールでドリンク片手の歓談時間は続くらしい。


 普通の貴族の夜会ではこの時間を利用し、おしゃべりを通じて人脈を広げ、良い相手を探したり、社会的地位の向上に努める。本来ならば、出席者たちは自分のアピールで忙しいはずの時間だ。この夜会でもご多分に漏れず歓談時間、食事の流れとなっているはずだ。


 けれど今、この場に集った出席者たちは、わたしたちから微妙に距離をおいた人垣を築いて、こちらに注目している。


 入婿候補の対象外の面々とは言え、社交界であまりおかしな噂を立てられたのでは、低位貴族の3男以下や高位貴族でも相続権が無く、政略結婚の利用価値の低い4男以下あたりの有望株にまでそっぽを向かれてしまうから気を付けないと!


「なんだい?ついにそこの色男に振られたかい?」

「はぁっ?!――な、何のお話しでしょうねぇー?おほほほ。」


 自分に注意喚起を促したところで、この厄介メンバーに絡まれてしまっては、そつない一般的な令嬢のメッキがポロポロ剥がれ落ちてしまう。


「お二方ともわたしなんかに構ってないで、色んな方との交流を深めてこられてはいかがですか?わたしと居ても何の得もなければ、面白いことも無いですわよ?!」

「いや、面白いな。猫を被っている小娘を観察するだけでも楽しめそうだ。」

「後は、お前に協力しておけば神殿司ギリムがいくらか神殿業務を手伝ってくれるぞ。得だな。」


 年長者2人が、とんでもないことをさらりと澄まし顔で答えてくれる。勘弁して欲しい、ホント。


「わたしは護衛達と大人しくしてますから、ホント、お構い無く。」


 ざわり、と空気が揺れて「護衛だって!?」「誰の事だ?」「まさか閣下のことか!?」などと外野からのざわめきが圧力じみて周囲からのし掛かる。

 やだこれもしかして、周り中敵だらけなのかしら。それならそれで、考えがあるわよ。


「ハディス様、オルフェ、わたしはどんな立場でこの場に呼ばれたのかしら?どうにも自分の立ち位置が掴めないの。」


 大きめな声で、おっとりと小首を傾げながら護衛ズに問いかけると、思った通り「自分の立場を弁えない小娘が」「なんであんな平民風情が」「身分の違いも分からない愚図が」などと小声にしてはわたしの耳には届く絶妙な大きさの嘲りと、嘲笑が響く。


 あぁ、思い通り過ぎて面白いわ。


 内心では黒い笑みを浮かべつつ、不安げに眉を潜めたおどおどとした様子で周囲を見渡して見せると、おおよそが無関心を装う者、あからさまに侮蔑の表情を浮かべる者に二分されている。そのうち、こちらを蔑む様に見ている者の方に、順にしっかりと視線を合わせて行く。

 至近距離のミワロマイレは『不安げなわたし』に、気味が悪いものを見るような目を向け、イシケナルは楽しそうにニヤニヤ笑いを浮かべる。


「唯一無二の桜の君を煩わせるものなど、いつでも灰燼に帰して見せますよ?」

「そうねぇ‥‥悪意や敵意をお持ちの方はしっかりと把握させていただきましたけれど、そんな方々をわたしに教えるために国王はわざわざ自筆の招待状を寄越して来られたのかしら?まぁ、それも大切かも知れませんわね。わたし記憶力だけは自信がありますもの。」

「さすがだねー。いつも君にはびっくりだよー。僕は自慢の君を兄上に紹介できるのを楽しみにしていたんだー。その場での話題が増えてよかったじゃないかー。」


 オルフェンズは通常運行。ハディスは大根役者すぎるわ‥‥って言うか、棒読みの中にさらっと新情報を織り込んできたわね!?「兄上」って誰!?嫌な予感がするわ、って言うかもう確定よね?現国王は2人の王弟殿下がいるんだものね。そして「自慢の君」って何よ、自分の所有物か近しい相手に言うみたいに言って、こっちがそんな言葉にどれだけ混乱するかわかってるの!?くぅぅっ。


 頬が熱を持って、目頭が熱くなってしまうけど、両手を護衛ズに取られているから、熱を冷ますために扇ぐことも出来ない。せめて抗議だけでもしておかないと、わたしの生命力ライフが保てないわ。


「ハディス様‥‥、わたしを攻撃しないでくれませんか?」

「攻撃なんてしてないよ?って言うか――そんな風に見られる方が、僕としては攻撃を受けてる気分なんだけど。」


 必死の体で、ハディスの些細な一言にライフが削られる窮状を伝えようとじっと見詰めたのに、言い放った方は、責任をこちらに擦り付けて口元を片手で覆って顔を逸らしてしまう。


 狡いぞー!と心の中で叫びながら、じっと睨んでいると、正面の黄色と紫色の2人がげんなりした表情でこちらを見ている事に気付いた。


「おい小娘‥‥振られてなどいないではないか。むしろ‥‥いや。」

「何のお話ですか?」


 イシケナルが言いかけ、オルフェンズへちらりと視線を向けて黙り込む。またそんな傷口に塩を塗り込むような話題ですか!?と、睨むけど、揶揄う様な表情ではなく、どこか気まずげな表情の意味が分からない。


「こんなところでイチャつくんじゃないと言っているんだよ。破廉恥娘。」

「はぁ!?」


 ミワロマイレの言葉に、思わず令嬢らしさを忘れて声を上げてしまった。

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