第56話 とんでもない!まずそこまで至らない玉砕パターンよ。

 訪月の間に入ってすぐに、大扉の側に控えていた正装の使用人が大きな声で招待客の来場を告げる。


「ハディアベス・ミウシ・フージュ様、セレネ・バンブリア様、オル‥‥あの、失礼ですがご家名は‥‥?」


 使用人の持つ資料にもオルフェンズの家名は記されてはないのだろうけれど、この場に家名を持たない平民が来ることはまず無いのだろう。何か手違いだと思ったのか、心底申し訳無さそうな様子でひっそりと尋ねて来る。けれど、受けたオルフェンズは使用人を一瞥すると、ひんやりとした笑みを浮かべた。


「――別に。」

「っ失礼致しました‥‥―――オルフェンズ様お越しです。」


 客人達の一番の注目を集めるところだけあって、滅多に使わない営業スマイルではなく令嬢スマイルを張り付けていたけれど、あわやそれが崩れそうになる紹介だ。身分としては最下位程でしかないわたしが、客人の随分揃った後半に入場するのは、おかしいとは思っていたわよ?


「突っ込みどころ満載ね。」

「えーっと、察していたとは思うけど、しがない貴族の3男坊ハディアベス・ミウシ・フージュです?」

「王家はしがない貴族とは言わないでしょ!?」

「3男には間違いないし、別に完全に隠してもいなかったでしょー。」


 悪びれない、いつもの人を食ったような表情で、纏った騎士服の前身頃に地模様として大きく織り込まれた有翼の獅子の部分に、空いた右手を当てて示してみせる。その仕草すら上品なのは育ちのせいか、たった今仕入れたばかりの情報のせいか‥‥。


 フージュを名前に頂くのは、どころか、完全に正統な王族でしかないし。


「オルフェだって、家名無しへいみんの訳無いわよね?」

「本当ですよ?フージュ王国では爵位を賜った記憶は有りませんね。」

「フージュ王国って何?!では、って!?」

「そのままの意味ですよ。」


 薄い笑みを浮かべたオルフェンズに、広間に集った客人達から、ほぅ‥‥とため息が漏れる。


 本当に、今更ながらこの護衛ズたちには驚かされることだらけだわ。素性はハッキリしないけど、高過ぎるスペックは誰の目にも明らかで、それなのに、一介の男爵令嬢の護衛を好き好んで請け負ってくれるんだもの。わたしの知らないところで、何か彼らにとっての利点がなければおかしいのよね。さっぱり思い付かないけど。


「結局3人横並びで登場してるし、わたし何だと思われるのかしら。」

「年少者ながら、高位の気配を漂わせた色男2人を侍らせる、侮れないご令嬢、そう思って貰わなきゃ困るよねー。」

「それって、わたしにとってプラスなの?マイナスなの!?」


 会場入りしてからと言うもの、周囲の視線が外れることは全くなく、珍獣か有名人扱いになっている気がする。まぁ、ご婦人方が頬を赤らめてこちらを見ていることを思えば、わたしが珍獣で、両脇が有名人な感じだろうか。いやとにかく居心地が悪い。


 客人達の纏うものを見る限り、バンブリア商会うちと直接取引はしていないような高位貴族ばかりだから、入婿候補もいそうにはないけどね!


 わたし達の後からも、イシケナル・ミーノマロを含む公爵に侯爵、そして来ると思っていた大神殿主だいしんでんぬしミワロマイレ・アッキーノが入場してくる。彼らの存在感はやっぱり格別で、2人が姿を現すと、こちらに注目を向ける者は随分減ったようだった。


「小娘、その姿はどうしたことだ?私の贈り物では不満だったのか?」


 周囲にぼんやりと紫の靄を発しながら近付いて来た紫紺の髪に、思わず唇を尖らせると、イシケナルは一瞬怯んだ後、皮肉気な笑みを浮かべる。


「ただの小娘には高貴な色は着こなせなんだか。」

「高貴かどうかは問題じゃないんですよ。乙女の矜持の問題です。」


 どうやらイシケナルは、わたしがハディスの身分に恐れをなして、彼と親しい間柄にあると宣言するドレスを纏わなかった意気地なしだとからかっているみたいだ。

 とんでもない!まずそこまで至らない玉砕パターンよ。親しい間柄も何も、まずハディスからは彼の色のドレスを「着ないで欲しい」ってはっきりキッパリ拒否されたわよ。いや、初志貫徹して入り婿になれる令息だけに目を向けていれば良かったのに、気付かないうちに日和っていて、それに気付くと同時に振られたパターンよ。そんな因縁のドレスを着れる訳がないじゃない!!


「小娘の矜持など取るに足りんものだろう。」


 ふんす・と鼻息荒く睨んだわたしを、イシケナルは更に煽るように鼻で笑う。


「何だい?破廉恥娘がまた何か問題を起こしたのかい?」


 鮮やかな黄髪を気だるげにかき上げながらこちらへ近付いてくるのは、たっぷりとしたドレープの法衣に余すことなく光沢あるプラチナの糸で繊細な刺繍の施された、一際豪華な法衣を纏ったミワロマイレだ。こちらも、溢れんばかりの魔力を持て余しているのか、周囲に黄色い靄がかかって見える。


 折角みんなの注意が逸れてきて安心してたのに、何で目立つメンバーがこっちに集まってきちゃうわけ―――!?


 わたしは心の中で、大きく叫んだのだった。

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