第55話 何でまさかの3人コントなやり取りをしなきやいけないのよー!
月見の宴当日となった。
その日、バンブリア邸の私室では、なんと王立貴族学園の入学式以来である侍女頭メリーの手を借りた身支度を行うことになっていた。昼過ぎから入浴したり香油を塗り込んだりと云った、いわゆる貴族令嬢らしい支度のことだ。普段ならこんな時間の無駄遣いはしないところなのだけれど、今回ばかりは避けることが出来なかった。
事の発端は今朝に遡る。週末で学園も休みだったことから、いつも通り1人でパパッと準備を済ませて王城へ行くつもりで、朝からバンブリア商会本社の試作工房に入り浸り、開発員と共に新作アクセサリーの試作と打ち合わせを行っていた。すると、どこから聞きつけたのか血相を変えた母オウナがやって来て、問答無用で家へ戻され、あれよあれよという間に侍女頭メリーの業務変更を行った母は、彼女にわたしの身柄を引き渡すと同時に「貴族令嬢らしい準備」一通りを行うよう厳命したのだった。
お婿さんが探せる訳でもないし、そんな気合い入れる必要もないのになぁ。
ため息を吐きながら、今日着る予定の
準備を終えたのを見計らったかのように、部屋の扉が軽やかにノックされる。
「セレネ嬢、準備は出来てる?」
「済んでますよ。」
メリーに目配せして扉を開けてもらうと、護衛ズが揃って目を見開き、息を飲む。
「セレネ嬢、それは‥‥。」
「色々考えた結果こうなりました。」
ハディスが希望した通り、2人の色のドレスは着てはいない。当たり障りの無い学生らしい正装――学園の制服を着た。ハレからケまでなんでもオッケーな便利な服だ。
思った通り、ハディスは何か言いたげにしているけれど、それよりも先に言いたいことがある。
「いや、わたしなんかよりも2人とも――煌びやか過ぎて直視が辛いわ。想像以上に素敵すぎるんだけど、わたしその状態の貴方たちと一緒に行かなきゃいけないのぉ!?」
ハディスは落ち着いた
はっきり言って並んでは歩きたくない。
他の想像出来る参加者と言えば、王子であるアポロニウス・エン・フージュ、継承者であるイシケナル・ミーノマロ公爵、そして
「まさかの苦行が、始まる前からやって来るなんて思わなかったわ‥‥。」
きらびやかすぎる護衛ズに目がチカチカするわたしは、目頭を指でつまみ眼精疲労を和らげるべくグリグリと揉みしだいたのだった。
王城へは、決して大きくはないバンブリア家の馬車に護衛ズとわたしの3人が乗り込んで向かった。いつもの馭者の小父さんは、正面の貴族門に馬車を着けて欲しいと言うと、高貴な入り口への初停車だった様で、顔全体を緊張で強張らせた後、震える声で了承を告げていた。月見の宴が終わるまで、小父さんが気を失わないで待っていられるか心配になったわ‥‥。
「普通、エスコートは1人なんじゃないでしょうか?」
会場に指定された訪月の間に向かう通路を歩きながら、左右にピタリと張り付いた護衛ズに声を掛ける。会場に着く前に、これはしっかりと確認しておきたいわ。
「私は桜の君との約束をさせていただきましたから、当然の権利です。ですので――赤いの、離れろ。」
「多数がそうしているだけで、エスコートが一人だとは決まってないでしょー。だから問題なしだよ。残念だねー。」
嘘だ、両脇に立った人間に左右の手を取られて歩くのは、両親に挟まれたチビッ子か、捕らわれた罪人だけじゃないかしら!?その証拠に、さっきからすれ違う衛士や使用人たち、そしてお仕事中の文官と見られる貴族までもがギョッと目を見開くじゃない。流石に、よく訓練された人達だけあって、変に騒ぎ立てたりしないけど、それでも驚きの反応を隠し切れないあたり普通じゃないのよね!?
右側のハディスと、反対側のオルフェンズは、自分こそがエスコートだとでも言いたいのか、こちらを誘導するように少しづつ前へ出ようとして、微妙な駆け引きを繰り広げる。最初はほんの少しの足の運び、そして歩幅、そして最終的には小走りになってしまった。いや、小走りはわたしだけで、護衛ズは足の長さが違うから、スマートに歩いているんだけどっ!
「速い、速い、速いってば!いい加減にしなさい2人ともっ!廊下は走っちゃいけません!!」
堪らず上げた抗議の声で、ようやく両脇の護衛ズはわたしの窮状を理解してくれたらしい。不毛な競争はようやく終結した。
「赤いの、こちらの勝ちだ。半歩右足が前だ。」
「銀の、僕のほうが勝ちだよ。セレネ嬢の手をリードする僕の手のほうが前だからね。」
「どっちでも良いし、どっちも駄目でしょ!!」
王城の広い廊下の途中で立ち止まり、何でまさかの3人コントなやり取りをしなきやいけないのよー!
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