第54話 ごめんね、卑怯で。

 へにゃりと眉根を下げたハディスと真っ向から視線がぶつかった。


 ううっ、美形のしょんぼり顔‥‥可愛い。けど!けどっ!!ここで甘やかしたらダメよね!

 ハディスとは、婚約者でもなければ恋人でもない。だから、揃いの衣装を纏う理由なんてこれっぽっちもないし、なんならハディスとあらぬ噂が立つことによって、優良な婿探しの障害にすら成り兼ねない地雷案件だもの。

 けど‥‥、けどっ、そんな意味深イミシンなドレスなら、せめて本人からじゃない!?って、そう思ってもいないから用意してないって?!くぅっ‥‥それは残念だけど、そうかもしれないし、そうであっても困るけどっっ。


 って!?結局わたしもどっちなのよぉ―――!!


「月見の宴」への出席は、王命とあっては避けては通れない案件なので、何らかの形は決意しなければならない。拘束されるようなモノなら王国からの出奔の目も出てくるんだろうけど、ただの宴会出席だとそこまでするのは過剰反応になってしまうだろう。


 自分の気持ちも決めあぐねていたことに、まさしく今気付いてプチパニックとなったわたしとは対照的に、ハディスは長く息を吐き出してから、真摯な面持ちでしばらくこちらを見詰め、そしてようやく口を開いた。


「どう言ったら良いのか分からないけど、僕としてはイシケナルからのドレスは本当に不本意だ。出来れば着ないで欲しい。」

「えっ‥‥。」


 なんで?


 すとん・と、そんな言葉がストレートに心に降って来た。そして何となく、是非それを着て参加して欲しいと云う言葉を期待していた自分に気が付いた。


 あぁ、わたしって、どうしようもない‥‥。


 選ぶのは自分だと驕っていたんだ。なんてバカなんだろう―――。


 すぅと、頭から血の気が引いて、一気に冷静になった気がする。実利だの何だの言ったところで、一番お花畑はわたしだったらしい。家格や条件第一のつもりで、それが当て嵌まらないハディスに期待していたのだから。本当にバカだ。


「けど、月見の宴には参加しなければならないから―――。」


 掠れる声でさらに続けるハディスに、これ以上、気を遣った断りの言葉を口に出させて負担をかけるわけにはいかない。ハッキリと言わなかったハディスではなくて、浮かれていることにすら気付いていなかったわたしが悪いんだから。


「分かってます。わたしもバンブリア商会当主の娘ですから、みっともない格好での参加は致しませんから。ご心配には及びませんよ。」


 言い切って、にこりと微笑んでみせる。

 入り婿になってうちのバンブリア商会を一緒に盛り立ててくれる人でないと駄目だとか、実利だなんだと大見得を切っておいて、その実、心の中では想いを寄せてくれているんじゃないかなんて、無意識に信じ込んでたみっともなさなんて、気取られてたまるものか。


 だって商会を盛り立てたい思いにブレは無いもの。商品の開発にずっと携わって行きたいのも変わりない。変化があったとしたら、護衛たちがいつの間にか気持ちの中に占める比重を重くしていた事だけだから、そんな刹那的なことで生き方自体は変えたくない。王家との繋がりがちらつくハディスの本来の身分を考えれば、卒業までの護衛としての関係で充分有り難い話なんだから―――。


「セレネ嬢、あのね――。」

「大丈夫ですよ。何の問題もありません。」


 気遣う言葉とか、言われるだけでわたし自身の愚かさを突き付けられるみたいで聞きたくないから、ハディスの言葉の途中に、わたしはまた言葉を重ねてかき消した。ごめんね、卑怯で。

 ハディスは物言いたげに口を開け閉めするけど、わたしはまた先に言葉を発して遮る。


「初めての登城が、王様直々のご招待なんて凄いですよね。緊張や不安もありますけど、何とかしますからご心配なく。本番には強いので。会場は、王城の訪月ほうげつの間?まぁ、どうにでも出来ます。」

「それなら、私がエスコートしますのでご心配なく。」


 下草が生い茂っているというのに、物音も立てずにオルフェンズがすぐ傍にやって来ていた。ハディスと2人での話し合い時間は終了みたいだ。

 そう言えば、オルフェンズも一緒にいてくれるのが普通になってたけど、いつまで居てくれるんだろう?


「何か?」

「えっ、あ‥‥そうね。色々あるけど、取り敢えずオルフェはいつまでわたしの護衛を続けるとか、決めてるの?ハディスはわたしの卒業までって決まってるけど、オルフェとは契約を結んでいるわけでもないものね。あとは、月見の宴はオルフェも継承者だし行ったことがあるのよね?」


 ハディスと深刻な話をするのが辛くて、側に来たオルフェンズにこれ幸いと次々に話題を振る。気まずいものを避けようとする自分の態度が、我ながら幼稚だとは思うけど、未だざわつく心のどこかが落ち着きを取り戻すまで、時間稼ぎがしたかった。

 ―――が、自分のことでいっぱいいっぱいだったわたしは、オルフェンズの持つ執着をうっかり忘れかけていた。そのことに気付いた時には、既にオルフェンズはアイスブルーの瞳をギラリと光らせて獲物を見定めるような視線を向けて来ている。


「私は自分が護衛だなどと思ったことは一度もありませんよ?単なる桜の君の心棒者ですから、貴女を輝かせるためにお側にいます。いつまでと問われましても、単なる人の時間は私には当てはまりませんから‥‥強いて言うなら、桜の君がこの手に落ちるまで?」

「ごめんなさい。勘弁してください。聞いたわたしが悪かったですから、護衛で満足してください。頑張りますので。」


 そうだった――!オルフェンズも、どんな状態でか分からないけど、わたしを手に入れようとしてるんだったね!忘れてたよ。


「あとは、月見の宴ですが、出席したことはありませんよ?どうせ気まぐれにしかこの世の流れに現れない私ですからね。」


 さり気なく付け加えられた一言が規格外過ぎて、わたしの悩みや拘りなんて、ホントに些細なものだと実感させられた。お陰で何だか気持ちが浮上したわ。

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