第49話 まさしく調査した結果導き出された仮説がそれなら文句はあるまい。ふっふっふ。

 その他に調べる事の出来た大筋はこうだった―――かぐや姫とも呼ばれる女神が現れる前の世界、魔物と人間との間では、大軍を組織して対抗しなければならないほどの激しい争いが繰り広げられていた。帝の妃であったかぐや姫の周りには5人の神器に関わる貴公子が集まり、さらに人間と異形との争いが激しさを増していった。

 そしてその戦いの大きな転換期となる「光り輝く大地」が現れて戦いの終止符となり、世界を繁栄へと導いた。恐らくフージュ王国の開祖となるかぐや姫と帝が揃っているその頃に、2人で俊嶺を造った。その俊嶺に囲まれた形は、ここを国とした成り立ちと深く関わっているらしい。何故か、かぐや姫は帝に恨まれたが、後世のために神器を地上に遺し、月へ昇った。その頃に描かれるのは「苦悩を示す姿の男」。

 そして建国期から現代にかけて月が遠ざかって行った。‥‥ってところかしら。


 資料を机いっぱいに並べたわたしたちは額を突き合わせ、眉間に皺を刻んで無言で考え込む。


「やっぱりなんで、かぐや姫が帝に恨まれたのか分からないわ。帝とは一緒に山を造るような共同作業をする仲なのに、それが終わった後で月みたいに離れた場所へ行こうとするなんて。5人の貴公子と何があったのかしら。」

「うん、それもあるけどさっきボールを持って話してたのって月が小さくなっていった理由だよね。単純に距離が離れていったのか、別の理由によるものなのか。」

「地上に残った帝ではなくかぐや姫が女神とされるのは、単純に手の届かない月に昇ったからなのか――もあるな。」


 言うと3人それぞれが考え込んでしまう。疑問点が全て解決するような資料や事実を示すことが、とても難しいことだけはハッキリ分かっているから、余計に次の指針を示す様な発言が出来なくてもどかしい。けど、それでも良いんじゃないかな、とも思えたのでその考えを2人に告げてみることにした。


「分からないことだらけよね。‥‥だから、事実関係に基づいた具体的資料を示せる研究結果は『王城に深く入り込んだ職に就くか、王族の庇護を得る血縁に加わる事が出来た人』に任せればいいのよ。わたしたちは学生だからこそ調べられる範囲も限られている、その不自由な制限を逆手にとった発表をまとめれば良いのよ!」


 にやり、と両方の口角を大きく引き上げると、スバルが心得た様に声を潜め気味にして、悪だくみでもする様にそっと顔を寄せながら口を開く。


「なるほど、資料を示せるところは示すけど、分からないところは辻褄が合うように、素直に『仮説』と言い切り、ポリンド講師の話した内容も、あくまで仮説としてさり気なーく資料に織り込んでしまって、真実も織り交ぜた仮説を作りあげると。真実も入っているから余計に信憑性が有る様に感じられるモノになるんじゃないかな。」

「ええ。さすがスバルは話が早くて助かるわ!学者じゃなく学生なんだから、完璧じゃなくても、例え仮説だとしても、少しでも多くの真実に迫るモノが出来たら、学生であるわたしたちには成功になるんじゃないかしら。」

「資料を示せない一欠片ひとかけらの真実を示すために、敢えて仮説に紛れさせるのか。まぁ、学生の立場を逆手に取った姑息な手ではあるが、いい手だろうな。」


 3人の意見が纏まり、ようやく歴史学の課題の終着点が見えたのだった。

 ふふっ。自由度が増したところでわたしの創作の腕の見せ所よ!待ってなさい『かぐや姫と5人の貴公子、引き裂かれた帝の恋心と愛憎渦巻く建国期』はもうすぐまとまるわ。歴史学の担当教授が「この課題は創作ではなく、史実や史跡などの調査と、その結果のまとめ方を学び発表するもの」と言ったけど、まさしく調査した結果導き出された仮説がそれなら文句はあるまい。ふっふっふ。




 歴史学の次の時間は歌劇発表の練習・準備時間となった。文化体育発表会は、結婚相手探しや、働き手として成績の優れた将来有望な学園生を求めてやって来る王城関係者や、高位貴族などへのアピールも出来るから、学園生の中でも特に卒業まで一年を切った4年生は必死だ。算術や外国語、剣術や体術などの単純に成績が付く物は順位が発表され、歌劇は順位が付かないものの前述の成績以外でのカリスマ性や美しさ等の個人の魅力面を発揮できる場となるため、特段優秀な成績を持たない大多数の令息令嬢たちは、むしろ演劇にこそ力を入れているといっても過言じゃあない。


 特に後ろ楯の弱い即席貴族の面々は、何とか目立とうと必死なのだけれど。


「こんなものっ、着れませんわ!わたくしをバカにしていらっしゃいますの!?」


 星組の歌劇練習の場である鍛練場から、令嬢らしからぬ金切り声が上がり、周りに居た学園生や教員たちが何事かとそちらに注目する。

 その視線の先には、声をあげた主演の『聖女』役である4年の子爵令嬢の他、衣装担当の複数の学園生がデザイン画を広げ、幾つもの生地の入った大きな行李こうりの蓋を開けて緊迫した雰囲気を漂わせている。


「なんの騒ぎなの?それに下級生には荷運びの依頼をしたはずだけど、どうして蓋が開いてるのかしら?」

「「「バンブリア先輩!」」」


 なんとなく状況を察しながらも、のんびり声をかけてみると、さっきは自分たちから張り切って荷運びを買って出てくれた下級生達が、半泣きの表情ですがるようにこちらに顔を向けてくる。


「まずは、ここまで運んでくれてありがとう。それから‥‥ね、この中には昨夜商隊が届けてくれたばかりの大切な衣装生地が入っているのよ。これから各出演者に似合う色や生地を合わせたくて検討用に持ってきただけなのに、この騒ぎはどうしたことなの?」

「それがっ!」

「こんな修道女みたいな衣装‥‥あんまりじゃない!わたくし、楽しみにしていたのにっ‥‥こんな綺麗な衣装もあるのに、何かわたくしに思うところがあるんじゃなくて!?」


 口を開こうとした下級生たちを掻き分けるようにして、『聖女』役の令嬢がこちらに足音も荒く近付いて来た。

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