第50話 まぁ、今回だけはポリンドに感謝ね。

「こんな修道女みたいな衣装‥‥あんまりじゃない!わたくし、楽しみにしていたのにっ‥‥こんな綺麗な衣装もあるのに、何かわたくしに思うところがあるんじゃなくて!?」


 口を開こうとした下級生たちを掻き分けるようにして、こちらに足音も荒く近付いてきた『聖女』役の令嬢は、片手に衣装のデザイン画の紙を、そしてもう片手にはイシケナル公爵から押し付けられた高位貴族しか入手出来なさそうなお高い気配がぷんぷん漂うドレスを握り締めている。勝手に行李こうりを開けたことを棚に上げてプリプリ腹を立てているご令嬢と、それを止めなかった荷運びの下級生に呆れてしまうけど、そこにドレスが入っていたのは完全にわたしの落ち度だから強くも言えない。


 昨日、早朝から森へ向かうにあたって、動きにくくて汚れやすく、加えて破損しやすそうなドレスを持て余すあまり、取り敢えず商隊から受け取るわたしの荷物を入れる予定で持参した行李に突っ込んだまま忘れていたのはわたしだ。高価そうなドレスにそれなりに気を張りはしたものの、特に思い入れのあるものでも無く、また思い入れのある相手からの贈り物でもないから仕方ないじゃないね。


 で、それが何故か聖女役の令嬢の手にある‥‥と。わたしの持ち物を間違えて入れちゃったーって言おうにも、そのドレスは、生粋のご令嬢が見たなら素材も加工も超一流の物だって分かっちゃうくらいの逸品で、本来ならうっかり放り込む様な代物じゃないのよね。かと言って正直にイシケナル公爵から貰ったなんて言うと、色んな誤解や噂が飛び交いそうだし、面倒なことになったわー。


「まぁ、何はともあれ、お忘れかもしれませんが‥‥わたしは衣装係ではあるものの、持参したこの持ち物はまだわたしの私物でしかないんですよ。」

「けどっ‥‥。」


 出入りの商人だったとしても、その荷物を勝手に広げるのは問題があるわけで。とは言え、わたしや、背後のバンブリア商会の手掛ける衣装に期待を寄せるあまりの行動だと思えば、嬉しくもあるから、そんなに責める気はないけどね。


「そのドレスをお貸しするのは構いません。けれど、歌劇全体の統一感もあるので、全編それを纏うのはお勧めしません。あとは、わたしのイメージした聖女役の衣装がお気に召さなかったようで残念です。」


 頬に手を当てて「ふう‥‥」とため息をつくと、聖女役のご令嬢も、自分の行動に今更ながら気付いて頭が冷えたのか、悔し気に口籠って俯く。下級生たちは、自分たちが勝手な行動をしてわたしの気分を害したのかと不安げな視線を向けてくるけど、そうじゃない。わたしのデザインよりもイシケナルのドレスが選ばれたって事が、何だか負けてしまったみたいで悔しいの――。


「おやぁー?子猫ちゃん、生地を合わせるだけかと思ってたら、もう衣装合わせなのぉ?」


 わたしの背後に立ったハディスの肩越しに、しっとりつややかな藍色の長髪を垂らした美人ポリンドがひょっこりと顔を出す。そしてそのままハディスの肩に手を置いてしなだれかかる様子は、妖艶そのものなんだけれど、王族だし、男性だし、なんなら嫌そうに眉間に深く皺を刻んだハディスに対してわざとそれをやっている困った人だ。


「あ、いいえ、生地合わせで合っています。このドレスはちょっとした手違いで紛れてしまって‥‥。」


 ふざけた様子でニヤニヤとした笑みを浮かべてハディスに絡んでいたポリンドが、ドレスを見た瞬間すっと真顔になって目を剥く。


「う・わ!ちょっとこれって、どっかの朴念仁が用意した訳じゃあないよねー?」

「おい、おまっ‥‥。」


 誰とは言わずに、背後から回した手でハディスの両肩を掴んでガクガク揺らすポリンドに、言葉の意味するところに気付いた朴念仁が心底嫌そうに顔を顰める。


「どうしたのー?怖い顔して、護衛サン。」


 あぁ、困っているところに、困った人が加わるから、混沌としてきたわ。けどポリンドの台詞って、このドレスの桃色や紅色がかって見える光沢あるオパール色の生地から、ハディスがわたしに贈ったんじゃないかって思ってるのよね?残念ながら用意したのは何の思い入れもない紫の人よ。


「ポリンド講師はこの衣装を舞台で使うのはどう思われますか?」

「え?舞台に使っちゃうの?」

「はい。聖女役の彼女を引き立てる為に、カーテンコールの時だけ‥‥とか使うのはどうでしょう。」


 妥協案で、演出を取り仕切る特別講師ポリンドに意見を求めたつもりなんだけど、イシケナルから貰ったドレスを衣装として使うことはとっても意外だったみたいで、きょとんとした珍しい表情になっている。けれどすぐに「まぁ、こいつが贈ったんじゃないなら別に良いのか‥‥?」などと、ちょっと気になることをぼそぼそ呟きながら、うーん・と考えてみせる。


「別に美しさだけなら問題ないけど‥‥けどぉ、これ着て出たら、とんでもないパトロンが付いてるって思われて、下手な嫁の貰い手や、就職先は、裸足で逃げ出しちゃうんじゃないかなー。」

「えっ‥‥!そんなっ。いいえ、良いんですわたくし普通の衣装で――ええ、ええ。美しいドレスだとは思いましたけれど、バンブリア様が歌劇全体の統一感を考えて下さってるんでしょ?異論あるはずがないじゃないですか!おっ‥‥お返ししますわ!!」


 それまで、断固として離すまいとした様子だったドレスが、すんなりわたしの手元に押し付けられるように戻って来たわ。まぁ、今回だけはポリンドに感謝ね。

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