第48話 まずいわ、こんなことで講義中にウトウトしてるようじゃあ。

 どごっ!!


 鍛練場での訓練中でもなく、ただの講義棟から聞こえるには不釣り合いな音が響き渡る。


 ランチタイム後の暖かな陽射しに誰もが眠気を感じるような穏やかすぎる時間帯の出来事とあって、その音を聞いた学園生や教員は、一様に大きく心臓を跳ねさせた。


「はわわわっ。どうしましょう、手元が狂ってしまったわっ!」

「セレネー、寝ぼけてちゃダメだよ。ほんと、君ってどこか抜けてて放っておけないんだからさぁ。」


 苦笑しながら教室の壁にめり込んだボールに手を掛けたスバルを、ギリムは能面のような無の表情で凝視している。

 ちなみにボールは、机を地上として月に見立てて検討するために部室から借りて来ていたんだけど、手に馴染んだボールのせいか、うとうとと見た夢が手強い相手とのドッジボールだったわけだ。少々苦戦しながら壁からボールを引っ張り出したスバルを見て、すかさず平謝りした。


「ばっ‥‥、くっ。言いたいことは多々あるが、どうして、寝ぼけた人間が、鍛え抜かれた戦士並みの膂力を発揮して、そしてどうしてそれが、抜けてて放っておけない・に繋がるのか俺には全く意味が分からないんだが。」


 言葉を選びながら話すギリムが気を遣っているのは、ちらちら視線を送る側の扉の向こうにいる護衛ズだ。下手なことを言うと、容赦ない殺気が攻撃のごとく放たれるし、2人とも神器の継承者と云う神殿遣えのギリムには軽視出来ない身分を持っているから仕方ないと言えばそうなんだろうけど。


「桜の君の価値が分からないとは。やはりこんな凡庸な場所や時代は相応しくない、真に相応しい場所にお連れしなければなりませんね。」

「勝手なこと言わないでよねー!それに、銀のばっかり良い格好するなよー!僕だってセレネ嬢の良いところはいっぱい―――。」

「2人ともっ!聞こえてるわ!って言うか、わたしの同級生に大人の2人が張り合おうとしないのっ!!」


 扉を勢いよく開けると、護衛ズが仲良くじゃれあっていたのか、オルフェンズの短刀が、ハディスが喉元に構えた長剣の鞘に当たって、ギリギリと音を立てている。


「護衛中は静かに!出来ないなら学園での護衛には商会の男衆を連れて来ますっ。仲が良いのは分かってるけど!」

「なんでそうなるのかなあー!?」


 ハディスの悲痛な声はまるっと無視して、手にしたハードカバーの本で、護衛2人の物騒なじゃれあいを止めるべく、短刀と剣が交差する一点目掛けて、下から振り上げる。

 が、本が当たる前に護衛ズはそれぞれの得物を凄い速さで退いてしまった。お陰で勢い余ったわたしは本を下から上へ弧を描くように振り上げた格好で後ろへ仰け反るけれど、尻餅をつく前にハディスがさっと腰を支えてくれた。


「だぁっっ‥‥ぶない!だから以前まえにもはダメって言ったでしょー!?」

「なら物騒な遊びは止めてください。オルフェもよ。」

「遊び‥‥?―――まあ、‥‥そう云う事にしておきましょう。」


 本気か?と思わせるには充分な不穏な間に、思わず顔が引き攣るハディスとわたしだったけど、大人しく短刀を仕舞ってくれたので、まぁ良しとしよう。


 シンリ砦の森で、偵察の一応の終結を見たわたしたちは、その後、護衛する予定だったバンブリア商会の商隊と合流して積み荷を受け取り、昨夜遅くに帰宅することとなった。さすがに一晩の睡眠では、長々と続いたムルキャンとの攻防と、魔力使用による疲労は抜けきらず、さっきの寝ぼけた醜態につながってしまった‥‥。

 まずいわ、こんなことで講義中にウトウトしてるようじゃあ、いくらわたしの行動に寛容な両親と言えど、今後素材収集なんかでの外出を制限されかねないわ。

 気合を入れて目を覚ますために、スパァ――ンといい音を響かせて、両手で自分の頬を包み込むように叩く。近くから視線を感じて同グループの2人を見ると、スバルは苦笑し、ギリムは目を丸く見開いてこちらを凝視していた。


「さあ、しゃっきりしたし、課題の追い込みよー!」


 ちょっと脱線したけど、今は歴史学の時間だ。講義室内で、各グループに分かれた学園生達が課題を進めている。わたしたちは、これまでの調査で分かった建国期について、資料を幾つも机上に並べながら今一度まとめてみた。

 これまで散々悩んで来た峻嶺が描かれない理由と、月が実際よりも大きい理由は、不本意ながらポリンドとの対談であっさりと答えが出てしまった。峻嶺が描かれない理由は、山々が元よりあったものではなく、この国の開祖である帝とかぐや姫が造ったからであり、月が実際よりも大きい理由は、昔は今よりもずっと大きく光り輝いていたから。けれど残念なことに、その事を示す資料は王族やそれに準ずる者しか見ることが出来ないから研究成果として資料を出すのは難しい。

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