閑話 1年に1度の邂逅

7月7日に別サイトでアップしておりました七夕閑話です。

時系列的にちょうどこの位置のお話になります。お時間のあるときにどうぞ!

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 森でのあれこれが終結し、張り切るムルキャンを残して、未だ動くことがままならない戦闘冒険者や衛兵全員を連れての帰路は思った以上に時間がかかり、黄色がかった暗灰色の魔力に包まれた森から抜け出る頃には、周囲はすっかり陽が落ちて、空には星が輝き出していた。

 不思議なことに、森から抜けてしばらくすると、体調不良を訴えていた者たちは次々と元気を取り戻していった。


 とは言うものの体調を崩した者はもちろん、大丈夫だった者も他者を労わりながらの行路だったため、皆それなりに疲労していた。そのため、予定にはなかったが急遽シンリ砦で休憩を取る事となった。


 スバルは砦に入るなり従者と共に報告書をまとめ出した。一方のわたしは特に出来る事もなく、取り敢えずお仕事中のスバルを邪魔しないように、外の空気でも吸おうと、そっと砦の屋上へ向かった。


 いや、ほんとこっそーり向かったはずなんだけど、気付いてみれば足音もなく背後の至近距離に立つ護衛ズ――怖いから。遠見のやぐらに昇ろうとしていきなり背後から伸びてきた手が目の前の梯子を抑えた時の恐怖と言ったら無かったわ。


「何でこんな暗くなってから登ろうとするのさ。危ないでしょー?」

「ハディス様、足音もなく接近された方が危険だと思いません?もう少しで反撃するところでしたよ!?」

「おや、それは残念。」


 するすると梯子を昇り、櫓のてっぺんに立つ。相変わらず森は生理的嫌悪感を催す魔力に包まれているけど、眼前の森の木々よりも高いこの櫓で空を見上げれば、そんな魔力はひとつも目に入らなくなる。

 視界に広がるのは、夜に踏み入れて間もない藍色に包まれた空と、ちらほらと白く瞬き始めた星々。

 カヒナシ郊外の、シンリ砦の周囲には森と草原が広がるのみで、ここには街の様に人工の灯りは存在しない。だからか、空に輝く星々は驚くほど明るい。


 夜のとばりが下りるに連れて増えてゆく星を眺めながら、ふと以前ギリムが話してくれた、この世界の神殿で行われる説教の内容を思い出した。


『かぐや姫は帝に恨まれて月へ昇った。そのかぐや姫が天体を動かしているといわれている。輝く星が増えるのは、地上の人間たちの非道な行いにかぐや姫が流した涙の滴で、その滴が増えれば増えるほど地上の気候は乱れ、最後には天に川が現れて地上の魔力を大いに搔き乱し、天災が引き起こされる。だから女神さまの御心が安らかであるために、すべからく人は貴賤の別なく慎ましく、思い遣りを持って正しく生きねばならぬ――神殿での説教ではこんな内容を語るんだ。』


 神殿司しんでんしらしく、年齢に見合わない厳かな声音で語ったギリムは、確かに語り慣れた様子で、日々民衆にそれを説いているのだと云う事を伺い知ることが出来た。



「こんなきれいな星たちが、悲しみの涙だとか、非道な行いがあると増えるみたいな教えを説くなんて、全くどんな趣の分かんない人が作ったんだって話よね。あの教義を信じてる人たちは、綺麗な夜空を見るたびに罪悪感に苛まれてるんでしょ?あり得ないわー、綺麗なものを素直に楽しめないなんて。」


 同意を求めるつもりで両脇に立つ護衛ズを仰ぎ見たけど、返ってきたのはキョトンとした2人分の視線だった。


「考えてもみなかったよ。夜空の星の数が増えないことにホッとする事はあるけど。」

「桜の君は、あの星たちが美しいと仰いますか。やはり貴女は面白い。」


 なるほど、それがこの世界の人たちの一般的な感想や価値観なのかもしれない。わたしは前世が混じっているから、こんなふとした時にその事をまざまざと感じることになる。


「やっぱりちょっと違うのかしらねー‥‥。」


 意図せず零れた言葉を聞き取ったのか、ハディスが心配そうに眉根を寄せる。心配させるつもりは無いし、心配される様な心理状態でもないから失敗したな、と思いながら何か言わなきゃ、と口をもごもごさせるけど、何を言ったら安心させることが出来るのか分からない。


 ふわりと、夜の空を吹き抜ける涼やかな風が通り抜け、森の木々がサヤサヤと心地良い葉擦れの音をたてる。


「――っ星と、サラサラ云う葉っぱの音で思い出したわ。折角思い出した事だし、少しだけ遠い国の話をしても良いかしら?」

「ん、なぁに?」


 ハディスはにこりと微笑んで、わたしを安心させるように頭をポンポンと撫でる。気を遣ってくれていることが分かって、ちょっぴり鼻の奥がツンとする。そして、わたしを挟んで逆サイドにいたオルフェンズがバシリと音を立てて、その手を払い落とす。うん、頭の上の攻防は勘弁して欲しいかな。さっさと話を進めよう。


「遠い国では、この空の星々の中にお互いを思う夫婦の星が隠されていて、普段は星々の川『天の川』が2人の間を隔てているから、全く会うことが出来ないの。けど文月7日のただ1日、晴れていればどこからともなく現れた鳥たちが折り重なって橋となり、巡り会うことができる――そんな伝説があるのよ?」

「面白いお話ですね。長く生きていますが初めて聞きました。――離れて想う間もまたさらに恨みを募らせ、相手を思う気持ちを強くすると云うことですね。」


 アイスブルーの瞳が怜悧な光を湛えるのを見て、何故かヒヤリと冷たいものが背筋を這う。

 き‥‥気のせいよね?何で七夕でそんなヤンデレっぽい思考展開になるワケ!?何で1年に1度しか会わない織姫の身が心配になる様な、そんなヤバイ気配を漂わせるの!?


「僕も1年に一度しか会えないなんて信じられないなー。しかも夫婦なのにだよ!?一緒に居たくて夫婦になったのに離れ離れでしかも会えるのが1年に1度!?あり得なくない?僕なら何としてでも、ずっと一緒に居られるように、各所に手を回すけどねー。」


 いや、待って!?こっちにも何だか不穏な黒い気配を漂わせる王家に近しい人間が居るわ‥‥。物語の話なのに何で実現可能そうな対抗策を考えてるの?洒落にならないわ。


「ちょっと、2人とも‥‥七夕の情緒もなにもあったもんじゃないわ。」


 わたしとしてはこう、星を見る風流な感じとか、ロマンチックな話にため息を漏らして、星ってそんな風に見る事も出来るんだねー・って着地点を想像してたんですけど!?


「えー?けど、セレネ嬢だってせっかく見付けたお婿さんがず―――っと外回り営業とか出張とかで1年に1度しか会えないってなったらどうするのさ。」

「は!?」


 いきなりの具体的質問ね。


「うっ‥‥それに見合う売り上げや利益が見込めるなら構わないわ。」

「それなら、そのずっと側にいない役立つ相手は『旦那さん』じゃなくても構わないよねー。そんな離れ離れで恋人や家族の絆が結べるのかなー?って疑問だし。僕はそんなの嫌だから、あらゆる手を使うだけだよって話。」


 えぇー‥‥、更に現実の追いうち。


「ならば桜の君は、同じ想い入れのあるモノだとしたら、常に身近に在りはするが物言わず、ただ一方的に愛でる事しか出来ぬモノと、手中に収まらぬけれど、生きて常に光を放ち続ける者‥‥どちらが良いでしょう?」


 ひゅ・と、知らず緊張のあまり気管が狭まったのか、引き攣った呼吸音が出た。

 なんだか具体例が出てきそうな嫌な予感がびしばしするんですけど!?


「あの、ね。一方的じゃあなくって、双方の想いが揃わなきゃ虚しいと思うわよ?大好きだとか、愛してるとか、大切とか、想いを伝え合えるのが相手の心を感じられて幸せになるものじゃないかし‥‥ら?」


 恋愛の話だよね!?犯罪の話じゃないよね?ヤバすぎる話題展開に、こっぱずかしいけど恋愛観を伝えさせてもらったわ。自虐っぽいけどこれで少しは軌道修正して欲しいわ、わたしの心の平穏のために!


「近頃は――少し、それが分かる気がしますよ。心惹かれた者のその生命の輝きを、ただ一人この掌中で砕き、崩し収めて来ても残るのは、満たされない虚しさだけでしたから。」


 アイスブルーの瞳が、珍しく柔らかな光を湛えてわたしに向けられる。

 えーと‥‥?その対象者はオルフェンズのこれまでの執着相手の末路かしら。そしてその話の流れで、わたしを見るって事は――いや、過去形で話してるし。‥‥うん。

 ごくり、と生唾を飲み込む。


 思うのは、織姫を想う彦星が、この2人みたいじゃなくて良かったんじゃないかと云う事だけ。


 いや、わたしならきっと1年に1度しか逢えないなんてなったら、現状改善のために徹底的に出来ることを全力でやるだろうし、環境に流されて大人しく待ってるなんてことは無い、絶対。


 ――うん、わたしも人のことは言えないかぁ。護衛と主人って似て来るのかしら。


 乾いた笑いが零れたところで、丁度スバルが櫓の下から出立を伝える声をかけてくれた。

 さぁ、明日からまたさっそく学園だー!材料も手に入ったし、頑張らなきゃね。

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