第43話 スパルタ教育暗殺者‥‥気付いてよかったわ。

「よもやお前‥‥ムルキャンかぁぁっ!?」


 イシケナルの叫びに、あるモノは歓喜し、ある者達は驚き、そしてある推測が浮かんだわたしは、胡乱な視線を未だ愕然とするイシケナルに向ける。


「公爵‥‥ひょっとして占術館の件に関わりがあったりしませんよね?」

「ふん、心外だな。他の継承者の魔力を頼りにする事業を、私がやると思うか?」


 心外だと眉をつり上げたイシケナルが答える。けど一般的に発表されている占術館騒動の概要は、神殿の高位神官が、秘密裏に『神殿が管理する高濃度魔力』の私利私欲による濫用を行ったって云う事だけで、誰の魔力が使われたなんて事は公表されていない。公爵の位に就くイシケナルだから知っていたってこともあるだろうけど、ならグレーってとこ?


「我ぁ‥‥がぁ‥‥君ぃぃぃっ!」


 生成なまなりことムルキャンがイシケナルの注意を引く様に、人にしては長すぎる両腕を大きく振る。


「めちゃくちゃ追い縋って来ますけど?無関係じゃないですよね?」

「見知っては居るが、特段私の家臣と云う訳ではないぞ。心棒者の1人と言ったところだ。私を慕う故に、私が憎く思っていた身の程知らずの小娘を、私が預かり知らぬ所でどうこうしようとしたとしても、具体的に指示した訳ではないからな。私は無関係だ。」

「それ、めちゃくちゃ貴方が原因ですよね!?」


 グレーどころか真っ黒だった。ふふんと自慢げなイシケナルに向かってムルキャンが両腕を差し出し、その腕を枝に変え、更にその長さを倍にして追い縋る。ニョキニョキ伸びる腕は、今の所そう速くは無いけれど、本体が進行する速度と合わせると、わたし達の逃げる速さに容易に追い付いてしまうだろう。


 そして予想通りあっさりと、イシケナルの顔下半分を覆ったストールに、後方から伸びた長い長い腕の先が届き、後頭部にあった結び目に、枝の様に歪な形の指が掛かる。


「つーかまーえ‥‥たぁぁ。」


 にしゃりと、ムルキャンの顔が笑みの形をとる。正しくホラーな光景に、悲鳴をあげそうになるが、捕まれたイシケナルはキッと視線を険しくして振り返る。


「この痴れ者がぁぁぁ!!」


 へ?と、拍子抜けしたのはわたしだけでは無いだろう。手をかけたムルキャン自身も一瞬呆気に取られたようだった。

 その隙に、イシケナルはストールを取り返して、再びしっかり結び直す。魅了を目的以外の相手にまで垂れ流すのが本意でないらしいイシケナルは、外で顔を全て晒すのは本当に嫌なようで、外出の必須アイテムとなっている。顔で魅了している訳じゃないと思うんだけど、自信があるみたいだ。


「私に心酔し、一度でも遣えたのなら、私が何を嫌悪するか位のこと、解らぬでどうする?その様な痴れ者を側に寄せる気なぞないわ!!」

「んなっ‥‥なななぁぁ‥‥。」


 この状況に、何故か居丈高に振舞えるイシケナルに若干感心しつつ、怖気付いた様にシュルシュルと戻って行くムルキャンの腕を見て、やっぱり人間じゃないよねー、と実感するんだけど、慕う人に拒絶されてショックを受ける姿は人そのものだから訳が分からない。心はまだ人の時とは変わっていないということなのだろうか?


 ふ・と視線を感じてその視線の発生源を辿ると、一切の表情を消して瞬き一つなくわたしを凝視するムルキャンが居る。

 ――うん、間違いなくわたしを見てるね。けどそんな無表情で見られたら、怖いし、何より浅いとは言え因縁のある相手だから嫌な予感がするし。


「こぉぉ‥‥小娘ぇぇ!占術館の仇ぃぃ‥‥。我が君の‥‥元にはべるとは‥‥口惜しやぁぁぁ‥‥!」


 一気に感情の波が襲って来たかの様に、満面に憎々しい感情を表すムルキャンの反応に、苦々しく溜息を吐く。


「あぁ、もおっ、何で覚えてるのよ!しかも侍ってなんていません!!」

「良くやった!小娘そのまま囮になれ!!」

「ちょっとぉ!?さらっと外道発言したわね!」


 騎馬に運ばれながら、米俵状態のわたしに嬉々として声を掛けるイシケナルは、本気でわたしが身を挺して彼を助けると思っているのかしら。おめでた過ぎるわ。わたしには何の利もないのに、何度もこちらを危機に陥らせてくれた相手を、自分が犠牲になってまで助ける訳ないじゃない。


「困りましたね。桜の君に危害が及ぶなら私も考えがありますよ?」


 プンスカ憤慨するわたしとは真逆の、愉しげな声音が響いて、その声の主の性質を知っているわたしはぎょっと目を剥く。


「オルフェ!?待って、そっちも何だか嫌な予感がするわ!言っておくけどあれはムルキャンって云う、取り敢えず今はまだ人間であって、魔物じゃないから、わたしは討伐とかは無理だからね!?」

「それは、残念。」


 やっぱり、わたしが魔力を使わざるを得ない状況にしようとしていたらしいスパルタ教育暗殺者‥‥気付いてよかったわ。

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