第42話 うそっ、まさか生成(なまなり)がヤキモチ焼いてるの!?

「よくやった!小娘!!全員退避―――!!!」


 今度こそ、とイシケナルが力強く叫ぶ。

 すると、ある者は進む意思を両手に託して、両腕を前方にまっすぐ伸ばして両足で飛びながら進みだす。けれど意識は朦朧としているのか、首から上はぐらぐらしている。

 またある者は、立ち上がる力が無いのか、四つん這いでばたばたと付いてくるし、何故かブリッジ状態の四つん這いの者までいる。グラグラと不自然に傾いだ状態でも全力で進みだした一行は、鍛えている者たちだけあって、これならば生成なまなりには追い付かれないだろうと云う退却速度になった。


「桜の君も行きますよ。舌を噛まないように口を閉じてください」


 あっと言う間に逃げる一行の先頭に躍り出たオルフェンズに言われるまでもなく、背後を見る形で担ぎ上げられたわたしは既に、両手で噤んだ口元を覆っていた。悲鳴を押し殺すために。

 いや、だって、いくらどんな格好でもって確かに言ったよ?けど、これじゃあ色んなホラー映画のキャラクターに追っかけられてるみたいで怖すぎるぅぅぅ―――!!


 ホラー集団のしんがりは勿論生成なまなりだ。そう思って改めて背後を見たら、更に怖くなったのは内緒だ。真後ろを走るハディスとは、向き合う格好になるのだけれど、ひきつるわたしの不細工な顔をしっかり見られているのがキツイ‥‥。スバルと従者は、わたし達のすぐ横を走っている。そしてイシケナルは‥‥。


「お前達!少しは待たんか!!」


 凄い勢いで失速してる―――!

 以前出会ったポッチャリ体形から、随分健康的になってるから気にしてなかったけど、もしかしたらこの集団の中で体力無し一位はイシケナルかも!


「オルフェ、公爵がまずいわ!少し重いかもしれないけど――。」

「まっぴらごめんです。」


 食い気味に良い笑顔が返ってきたわ。わたしは走るからその代わりにイシケナルを担いで貰えないかと思ったんだけど、駄目かー。オルフェンズは、路地裏で目撃した通り、片手で大の男を釣り上げてしまうくらいの力持ちだから、特に大柄でもなくぽっちゃりでもないイシケナルなら持ち上げられると思ったんだけどなぁー。残念。

 けど、普通の男の人が、自分と変わらないような身長の成人男性を一人で持ち上げるのは難しいだろう。


「じゃあオルフェ、あの人たちにちょっとだけアドバイスをさせて欲しいの!何人かで体格の変わらない人を持ち上げて走れる良い案があるから、教えたいの!」


 だから下ろして――と言おうとしたのに、まさかわたしを担いだままイシケナル達の側へ移動するなんて。

 恥ずかしいし、色んな視線が痛いけど、緊急事態の今は伝えるのが先だから我慢だ。


「失礼、公爵の護衛の皆さん、ちょっとやっていただきたいことがあるんですけど。」


 声を掛けると、「なんだこの小娘が!」「我々に命令するなど100年早いわ!」と言わんばかりの刺々しい視線を集めてしまったけど、そこはオルフェンズのひと睨みで黙っていただけた。有難い。

 なので、そこからは動きの良かった紫騎士服の3人をさっさと選び、それぞれの手の組み方を指示し、イシケナルを強引にその上に座らせた。


「なっ‥‥何だ!?この面妖な格好は?」

「ふふっ。それはね、駆け回り、対戦することに特化した伝統的競技の、連綿と受け継がれた『騎馬戦』フォーメーションよ!さあ、走ってみて!!」


 促してみれば、イシケナルを担ぎ上げた護衛たちは途端に勢いよく駆けだした。「おぉ、なんだこれは!」「素晴らしい!」と担ぎ手になっている護衛たちも感嘆の声を上げる。


「よし!このまま逃げ切るぞ!」


 イシケナルが叫ぶと、ふいに周囲の魔力の重さが増した気がした。


「我が‥‥君‥‥触れる者ども‥‥口惜しやぁぁぁ‥‥!」

「何だと!?」

「うそっ、まさか生成なまなりがヤキモチ焼いてるの!?」


 ヒステリックに声を上げる生成は、苛立ちを現すかのように頭を大きく振り回し、やがてその動きを止めると、頭頂部から生えた長いグレーの髪を細い腕と思しきモノでパサリと背後へ払う。


「「「あ。」」」


 イシケナルとわたし、そしてハディスの声が揃う。今の仕草で気付いてしまった。この生成なまなりの正体に。この黄色っぽい魔力もヒントだったんだ!


「よもやお前‥‥ムルキャンかぁぁっ!?」

「我がっ・君っっ!!」


 イシケナルの呼びかけに歓喜したかの様に、生成の声が弾む。しかも、朦朧と呻いていただけの声だったのが、しっかり意識の宿ったものに変化している。


 改めて見てみればしっかりしたのは声だけじゃなく、絶えず変化していた形も頭の辺りが人のモノのように固まって行く。

 今は、特大サイズのムームーを来た人みたいになっている。けれど、顔色も、ムームーの様なズルリと足元までくびれなく伸びた胴体であるモノも、周囲の魔力と同じ黄色がかった暗灰色なのは、単なる服を纏った姿ではないことを表している。裾に当たる場所からは、未だに樹木の根のようなモノや、大きな鉤爪が付いた獣や爬虫類の脚の様なモノが絶えず形を変えて現れてるし。


 ムルキャンでありつつ魔物でもあるモノ――まさしく生成なまなりと呼ばれるにふさわしい姿がそこにあった。

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