第41話 出来るなら、一人の犠牲者も出さずに帰還したいじゃない。

 ズルリ‥‥ズルリ‥‥

「 ‥‥わ が き み ‥‥。 」


 注目されるのを待っていたかの様に、うぞうぞと蠢く不定形の化け物が、うめき声にも似た音を発しながらゆっくりと、けれど着実にこちらに向かって近付いて来る。


「魔物が話してる?」

「嘘だろ‥‥?!」


 動けなくなっていたはずの冒険者達が色めきだった。学園で習う魔物についても、人語を解するであろうモノは出てくるけれど、話すモノは居ないとされている。話したとすればそれは魔物ではなく、それこそ目撃例すら乏しい、ここへの出発前に騒ぎになっていた、まさかの『人型生成なまなり』ではないか‥‥?


「我が‥‥君‥‥!」


 あちらも、ここに居る集団をしっかり認識した様で、漏らす声にはっきりした意識が宿る。

 って云うか、はっきり喋ってる――!「我が君」なんて呼びかけてる?だとしたら一体、誰のこと!?


「我が君って誰?言葉だけ取ると身分が上の人のことよね?」


 オルフェンズに米俵の様に肩の上に抱え上げられたままで視線を巡らせる。


「そうですね、桜の君も稀有なる輝きを持つ比類なきお方ですから。」


 余計ややこしくなった――!

 そしてイシケナルが、分かったぞ!って顔してこっち凝視してるし。


「小娘!お前なんだろ?認めてしまえっ!小娘なら何があってもおかしくないぞ!」

「絶対違うわ!魔物に知り合いなんていないわっ。やめてよね、もぉぉっ!!」


「――我‥‥が、君――。」

「そら、そやつも呼んで‥‥。」


 イシケナルが何故か自慢げに、胸をそらせてこちらを指差す。けれど、その声を聞き取ったのか、蠢く魔物はくるりと体の方向をとある方向へ向ける。


「‥‥我‥‥が‥‥君――。」


「確実に貴方の方に向かってるじゃないの――!」

「んなっっ!!私は知らん!!魔物であろうが、生成なまなりであろうが、私の知り合いにはおらんわ!!逃げるぞ!!」


 叫ぶなり、踵を返して駆け出そうとするイシケナルの周囲を、魔力の見える護衛達10人がすぐに守備する様に取り囲む。衛兵や、戦闘冒険者たちは未だ不調で動くこともままならない。ここへ来て、魔力の見えるもの以外は立って動くことが出来ないほどの体調の悪化に陥っていた。


 ちょっと前までは動けていた人まで何で座り込んでいるの?目の前にいる「生成なまなり」が近付いて悪化した!?


「早く逃げんか!」


 イシケナルが魅了の魔力を辺りに展開して、へたり込む面々を強制的にその場から逃がすために操ろうとする。けれど、動こうとする意識に反して身体は動かない様で、ずるりと地面を這う様に進もうとしたり、立ち上がろうとして再び膝からがくりと崩れ落ちたりして逃げる事は出来ないみたいだ。


「ハディス様!膂力りょりょく強化で皆の退却を手伝ってあげる事は出来ますか!?」

「やってみる!」


 ぶわり・とハディスから鮮やかで力強い紅色の魔力が立ち上り、流星の様に尾を引きながら四方へ飛んで、衛兵や冒険者を包み込む。一般的な膂力の朱色の魔力とは違い、更に濃い紅色はハディスが継承者と云う類稀なる存在である証だ。本来ならただの商会令嬢のわたしには手の届かないような存在だけど、護衛として側にいるのなら、わたしが助けたいと思う。ハディスの膂力の魔法が多くの人たちに掛けられたのを見たのは、ほんの2週間前。手の届かない遠くの景色として見る事しか叶わず、手を貸す事も出来ず見守るだけの忸怩たる思いを味わったばかりだ。けれど、今はすぐそばに居て、言葉を交わすこともできれば、力を貸すことだって出来るだろう。

 なんだろう、そう思っただけで、状況は決していいとは言えないのに心強い。


 綺麗な紅色の魔力に包まれた人達は、ぐらりと身体を傾がせながら糸繰り人形の様な不自然な動作でむくりと立ち上がる。どことなく人外じみている不自然な動きで、これじゃあゾンビ再びって感じよ!?


「なんですか!?これ!??」

「うーん、力だけ与えても不調が治る訳じゃないからねー。具合が悪いまま無理矢理動いてもらってる状態なんだよね、これってさー。」

「逃げる意思は魅了でもう手助けしてしまった!どちらの魔力もこれ以上上掛けしても意味はないからな!」


 顔を顰めながらハディスが言えば、イシケナルも険しい表情で絶望的な状況を解説してくれる。


「逃げろ!この場から他人を抱えて逃げられる余力のあるものなど居ない!自力で逃げられるものだけでも逃げ延びるんだ!!」


 イシケナルが檄を飛ばす。


「あれを倒すことは出来ないんですか!?」

「簡単に言ってくれるな!倒れているものが多すぎる。下手にここで戦おうとすれば、倒れている者達は避ける事も出来ず巻き添えを食うぞ!それにあの生成は、私が目当ての様だ。かと言って大人しくあやつのエサになる気はない。だから連れていけるだけ連れてこの場から離脱するぞ!」


 確かに、戦うことが全てではないだろうけど、出来るなら、一人の犠牲者も出さずに帰還したいじゃない。


「皆さん!逃げてください!何とか立ち上がって!!鍛え上げた皆さんならきっと出来ます!とっても強い魔力を持っている領主様をはじめとした神器の継承者が3名も、皆さんの味方をしています!手段や恰好なんて気にしないでっ!立ち上がってこの場からできるだけ早く退避する事だけ考えてっ!」


 叫ぶと、周囲にきらきらと光を反射してほんのりピンクに色付く輝く欠片かけらが桜吹雪かの様に舞う幻覚が見えた。

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