第40話 なら、そのツーショット状況を人為的に作り出して確かめてみよう!
神器の継承者であるハディス、オルフェンズ、イシケナルには既にこの森を覆いつくしている黄色がかった暗灰色の禍々しい魔力は見えており、それぞれがそれなりの不快感を感じてはいるようだった。
「ウミウシに全身を撫でまわされて気持ち悪くない人なんていないでしょー。」
と言ったのはハディス。オルフェンズは無言の笑みでその意見を肯定し、イシケナルは帰ったらすぐに湯浴みだと両腕を摩りながらぶつぶつ言っていたから間違いないだろう。紫紺色の騎士服護衛たちは全員が魔力の見える人だった様で、わたしたちと同じ様に何らかの気持ち悪さを感じていたみたいだった。それらは、あくまで『不快感』だ。
けれど魔力の見えなかった人――戦闘冒険者や、砦から同行して来た衛兵達は全員、森へ入ってすぐに不快感を覚えることは無かったのと引き換えに、ある時突然に『不調』に苛まれた。進むごとに探索に加わっている一向の踏み出す足が重くなり、頭痛や吐き気を訴えて、その場に膝をつかずにはいられなくなった人まで現れた。
森の中はずっと同じ植生が形成されているだけで、特に目立つ変化はない。と言うよりも、入った瞬間から普通の森とは比べ物にならないほど多くの、魔力を含んだ薬草や木の実が有り、常にない量の魔石が転がっているとんでもない状態が延々続いている。そして魔力が見える者には、周囲を覆い尽くす黄色がかった暗灰色の魔力も視界に入っているはずだ。
スバルが以前話してくれたバジリスクが出現したときも、魔力をふんだんに含んだ薬草や木の実などが豊作になり、魔物の生息地とされる場所での魔物の出現率は下がっていたらしい。この森からはつい2週間前にはトレントが溢れ出ていたはずなのに、ここへ来るまでに1匹の魔物との遭遇も無い。かつての『大物』の出現時と状況が似てきているのではないだろうか‥‥?
スバルは従者と共に時折考え込む様子で、周囲からサンプル収集や、スケッチ等の記録を続けている。
「これ以上の調査続行は出来んな。引き返すぞ!」
紫の眼を眇めながらイシケナルが、殆どがへたり込み始めてしまった衛兵たちを見回しながら号令をかける。
静かすぎる森をぐるりと見渡したわたしは、ふいに爪先が何かにコツリと当たった事に気付いて、それを拾う為に足元へ手を伸ばした。地面に無造作に転がっているのは、鶏卵サイズの夜空を切り取った様な漆黒色の艶やかな石――魔石だ。
「魔石は、自然界の魔力溜りが更に
目の高さまで持ち上げて、微かに零れる木漏れ日に翳すと、艶やかで深みのある混じり気のない黒が輝き、周囲の濁った魔力の色に慣れた目には一層美しく映る。
「なのに、どうして黄色が混じらずに、こんなに綺麗なの?黄色の濁りはどこから来ているのかしら。」
「おかしいよね?私もそう思ってた。この森は何か変だ。けどその原因が分からないから余計に気持ちが悪いよ。」
スバルも幾つかの魔石を手にしているけれど、どれもわたしが手に取ったのと同じ漆黒色だ。長い時間この森に漂って魔石を作り出した魔力は、通常魔物の住処となる場所に現れる魔石と変わらない漆黒色だった。ならば漂う魔力の色も漆黒であるべきなのに、なぜか黄色がかった暗灰色なのは理屈に合わないのだ。
「セレネ嬢、もう行こう。嫌な感じがする。」
ハディスが眉をひそめながら、出立を促す様に、そっとわたしの背に手を添える。その手つきが、いつも頭を撫でてくれる時よりもずっと強張っている気がするのは、彼が何かに警戒し、緊張していると云うことだろう。
「ハディス様、何かありましたか?」
「緋色の小ネズミ達は僕の魔力の化身なのは分かってるよね。あいつらは魔力の漂う森林や山みたいな、魔物が住処にするような場所を好んで現れるんだけど、この辺りに来てからは一度も姿を見ていないんだ。」
確かに、見ていない気もする。けど、森の中で障害物が多かったり、冒険者や衛兵達が沢山いて気付きにくかったりってこともあるかもしれない。確認する必要があるわね。けどあの小ネズミたち‥‥ネズミ―ズの出現条件って、ハディス様が困っていたり、オルフェンズが近くに居たりする時が多かった気がするわ。なら、そのツーショット状況を人為的に作り出して確かめてみよう!
「ハディス様っ!」
わたしの背中に手を当てたままのハディス様を見上げ、その腕を左手で素早く捕まえる。
「ええええぇ?」
ハディスが困ってるわ、イイ感じ!そして有無を言わさず引っ張って―――ここでもう一つの条件も発動させるわ。オルフェンズの腕を空いている右手で引き寄せて、二本の腕がぴたりとくっつく様に抱え込めば自ずと護衛ズはくっつくのよ!
「さぁ、ネズミーズの出現条件が揃ったんじゃない!?」
ふふんっと鼻息も荒く、揚々と周囲を見回す。けれど、どれだけ目を凝らしてもネズミースは一匹たりとも現れてはくれない。条件は揃えたはずなのに現れないとなると、本当にこの場所を嫌ってか、現れる事が出来ない何らかの理由があるのだろう。
「おい、小娘‥‥先程から帰ると言っているはずだが?よもやここまで来て怖くなったか?それとも今更の色仕掛けか?」
「え?」
イシケナルが呆れた様に腕を組んでこちらを見ている。
「だが2人まとめては、お前のような小娘ではまだ無理だろう。」
「んん?」
何のことだと首を傾げると、スバルが何故か赤面してこちらを凝視して固まっている。何だか嫌な予感がする‥‥一度落ち着いて、今のわたしの状況を見直そう。わたしは護衛2人の両腕を、がっちりと抱え込んだままだ。目論見通りハディスとオルフェンズは隣り合ってくっついた状態で、わたしはその状態をキープするために同じくらい至近距離にくっついている‥‥?
まさか、傍から見たら、並んだ護衛ズにまとめてしがみ付こうとしている様に見えてる―――!??!
「セレネ嬢、分かってる?」
「私は構いませんよ。‥‥このまま。」
2人の声が近い。失敗した!と思う間もなく、わたしが抱え込んだ腕のうち、オルフェンズの方がするりと腰をなぞる様に這い、もう一方の腕が肩へ掛かって、丁度横から抱き締められる様な格好になる。
い―――やぁぁぁ!!あか――ん!キャパオーバーよぉぉっ
「銀のぉ!?」
「ふふ‥‥ここまでやって出て来ないなら、本当にネズミどもは居ない様ですね。赤いの――気付いていない様だが、このまま下がるぞ。」
オルフェンズが横抱きから突然肩の上にわたしを担ぎ上げて、周囲に鋭く視線を走らせる、ハディスは短く舌打ちを打つと、腰に下げた長剣の柄に手を掛けて、腰を落とした構えを取る。
殆ど時を違えず、ずんっと周囲の空気が不快な重さを増してわたしたち一向にのしかかる。
魔力の見える者、見えない者が共に、咄嗟の身動きが出来ない程の圧迫感に、その場に居合わせた者全てに緊張感が走る。
ズルリ‥‥ズルリ‥‥
「 ‥‥わ が き み ‥‥。 」
注目されるのを待っていたかの様に、うぞうぞと蠢く不定形の化け物が、木々の合間から、うめき声にも似た音を発しながら近付いて来るのが見えた。
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