第44話 恐ろしい自給自足、自転車操業、輪廻転生が行われている。

 スパルタ教育暗殺者の思惑を、これまでの経験で培った危機察知能力で見事躱すことに成功したわたしは、ムルキャンの魔手を逃れる他の方法を模索するべく、イシケナルに声を掛けた。


「それよりも公爵!ムルキャンと関係だった貴方なら、またムルキャンを魅了したりとか、意のままに操ったりとかで、落ち着かせる事が出来るんじゃないですか!?」

「ただならぬではないわ!!しかもあれを虜にしろと!?」

「いえ、すでに虜みたいですから、落ち着かせて欲しい・の方に重きを置いてください。」

「何だと!?虜になっているだと?」


 イシケナルが若干期待しているような表情なのは気のせい?魅了された人が近付いてくるのを嫌がるところもあるけど、やっぱり取り巻きとか心棒者が増えるのを喜ぶ人なのよね。わくわくした気持ちのまま振り返ったイシケナルの表情は再び強張った状態に逆戻りした。


「うわぁぁっ!近付いてくるぞ!?恐ろしいではないか!」


 生成なまなりが虜である悦びよりも、ビジュアルの怖さが勝ってしまったらしい。我が儘だなぁ。


「それでも虜なんだから仕方ないでしょー!」

「もぉ、変な会話止めてよねー!」


 わたし達の隣を走っているハディスが苦情を訴えた次の瞬間、ふいにオルフェが体を捻って進路を変える。

 すると、わたし達が寸前まで居た場所を通る様に、視界の隅から鋭い速さで何かが通過した。腕のような太さの黄色がかった暗灰色の物体は、ムルキャンの身体に繋がっており、杭の様に鋭く尖った先端がむちのようにしなって戻ってくるのを、イシケナルの騎馬になっていない護衛たちが抜刀して迎え撃つ。けれど、ただの腕であるはずの物体への剣の攻撃は、何の妨害にもならなかったらしく、勢いを落とすことなくシュルシュルと動き続ける。


「ぐぁっ!」


 苦し気な声に慌ててそちらを見ると、ムルキャンの腕により体勢を崩されたのであろうイシケナルが、大きく背後へのけ反って騎馬から落ちそうになっていた。ハディスが軽く舌打ちすると、低い体勢で滑り込み、イシケナルが地面に叩きつけられる前に間一髪受け止める。見事なお姫様抱っこだ。

 おぉー、と歓声を上げて拍手したら、ハディスは思い切り顔を顰めてこちらを見つつ、イシケナルを投げ捨てるように横に放った。


「とったぁー‥‥!‥‥とったぁぁー!我‥‥が君‥‥のぉ――!!」


 先程の腕の伸縮で、首尾よくイシケナルのストールを奪ったムルキャンの歓声が背後から響く。

 大好きな人の第二ボタンが欲しいだとか、敬愛する相手の持ち物が欲しいだとか、そんな気持ちは分からないでもない。けど、その相手を傷つけてまで手に入れたいものなのだろうか。


 走り続けていたわたし達は地面にへたり込んでいるイシケナルの傍で足を止め、慕う相手の物を手に入れられたと歓喜するムルキャンの姿を呆然と見詰める。

 大切な人の拒絶に傷つき、怯んだ様子は、形状が人間から掛け離れていたとしても『人間』らしさを感じられた。

 けれど、大切な相手を傷つけても何の良心の呵責もなく、その気持ちを無視して自分の望むまま欲しいものを手に入れ、無邪気に喜ぶモノの本性は、幾ら人間の様な顔を持っていたとしても最早‥‥――。


「くっ‥‥、しばらく王都から姿を隠せと、ただそう命じただけだったのだぞ。何故そんな姿になっている。私はそんな事は望んではいないぞ!!」


 イシケナルが怒声を上げるのを、わたしはどこか冷めた気持ちで聞いていた。だって、言われたまんましか行動しないのは傀儡くぐつでしかない。人間なら自分の考えで行動するから、命じられた人間が思うままにしか動かないわけはないのだけれど、これまで魅了で簡単に人を操って来られたから、思い通りに行動しない者が理解出来ずに腹立たしくなったりするのだろう。わたしに対してそうだった様に。

 ハディスにリリースされた位置に座り込んだままのイシケナルの側へ歩み寄り‥‥。

 うん、寄れない。


「オルフェ、そろそろ降ろしてくれないかしら。このまんまじゃ動けないし、何よりの相手が出来ないわ。」


 ぺしぺしと背中を叩くと、ようやく丁寧な手付きでそっと地面へ降ろされた。うん、やっと動けるし、気持ちもまとまった!ムルキャンが魔物である以上は止める。けれど、慕う気持ちがその身を魔物に変えたなら、見え隠れしている人の気持ちを取り戻させる。

 ぐっと伸びをして、膝の屈伸をする。


「手に入れた――!‥‥おまえ・たち――もぉいらない――。」


 上機嫌に語る声とは裏腹に、その顔は無表情で視線は宙をさ迷っている。イシケナルへの執着が、いつの間にかストールへの執着にすり替わっているあたり、既に正気ではないのだろう。

 ムルキャンの足元、地面に引き摺る程長いスカートの様に広がった部分が、ぶわりと揺れ、そこから3体の狼型魔獣が飛び出してくる。

 真っ直ぐこちらに向かって駆けて来た魔獣たちを、紫護衛らが見事な連携であっという間に切り伏せるけれど、またすぐにスカートが揺れて大きな爬虫類型の魔物や、イノシシ型の魔獣、巨大甲虫型の魔物など、森に住んでいたと思われる様々な魔物、魔獣が現れ、更にムルキャンが何事かぶつぶつ呟くと、地中から何体ものトレントがむくむくと生え出して来た。幸いにして、超大型トレントではなかったけれど、大人の背丈ほどはある。


「ちょっと!?いっぺんに出すぎじゃない!?ちょっとずつ色んな種類を出すなんて、魔物のフルコースなわけ!?」

「それより、あの身体が意味不明すぎるぞ!?出て来た魔物達のボリュームがムルキャンの身体の容量に対して大きすぎるんだけどぉ!?」


 ハディスの指摘通り、湧いて出る量が大量過ぎる。ムルキャンをよくよく見てみると、周囲の魔力を全身で深呼吸するみたいに大量に取り込んで作り出しているみたいだ。そして、倒された魔物は再び黄色がかった暗灰色の魔力に戻って、再びムルキャンに取り込まれる。恐ろしい自給自足、自転車操業、輪廻転生が行われている。

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