第34話 何故か、揃って溜め息を吐いた。

 高位貴族しか入手出来なさそうなお高い気配がぷんぷん漂うドレスを纏い、戦々恐々として動くわたしの手をとった公爵の、顔の下半分を覆ったストールから覗く紫の目が弧を描く。


「どうした?随分淑やかではないか。」

「ふ、ふふふ‥‥公爵、随分お金の掛かった嫌がらせをなさいますことね。」

「公爵家の威光を少しは思い知ったなら重畳だな。私からの下賜品だ、有り難く受け取るが良い。」


 その言葉に、わたしはハッと顔を上げて、ニヤニヤ笑いの形で固まったままの紫の瞳を凝視する。逸らそうとする瞳を更に覗き込んで、今の言葉の念押しをすべく勢い込んで言質を取りに行く。


「下賜!貸出レンタル品じゃないんですのね!この場に押し寄せた衛兵に『何もしない』ことへの対価と云う解釈で宜しいんですのね!?後からやっぱり返せって言うのは無しですからね!本当に有り難くいただいちゃいますからね?」

「くどい。と言うか、私から受け取ることに少しは抵抗が無いのか?」

「物に罪はありません。」

「くっ‥‥」


 嫌がらせにならないと気付いたイシケナルは悔しそうだ。けど何でイシケナルはこんなドレスを作らせていたんだろう?誰かにプレゼントするつもりだったのかしら?わたしに、ではないわね。胸元はきつめだし、腰回りは余裕が在りすぎるし、裾はちょっと長かったものね。領主館の侍女の方々が、とんでもない神業であっという間に手直ししてくれたから、今はピッタリと合ってるけど、本当に凄い技術を持った人達だったわ。


「ふん、そんなケチなことは言わん。私を誰だと思っているんだ?――どうだ、なかなか似合っていると思うが。護衛殿?」


 意味有り気にわたしの背後に付き従う護衛ズへ目配せする。何でわたしに聞かずにハディスやオルフェンズに聞くのよ?


「ちっ‥‥。送り主には思うところはあるけど、ドレス自体は‥‥――よく似合ってるよ。」

「私はドレスの色に思うところはありますが‥‥桜の君の輝きは纏う服などで損なわれることはありませんから、まぁ良いのではないですか。」

「多少は権威におもねておかねばならないしな。お誂え向きにこちらには双子と見紛うばかりの小娘の弟がいた。いつまでも手をこまねいている赤い護衛殿には用意出来ないだろうからな。」


 えーと、2人とも微妙な反応ね。このドレスが、ヘリオスに合わせて作ったらしい事は分かった。けどなんで?さっきの遣り取りだと、わたしに渡すつもりだったようにも取れるけど意味が分からない。有難く頂くことには変わりないけど。


 そして、背後から向けられた視線がジリジリと痛い。直接向けられてるのはイシケナルなんだろうけど、護衛ズが苛々するほど似合って無いのかなぁ。

 お陰で、イシケナル心棒者一同の妬みや嫉妬を含んだ刺々しい視線の威力が霞むほどだ。ちなみにイシケナル専属の護衛達も歩むわたし達に合わせて守備の陣形を取りつつ移動しているのだけれど、その至近距離からも抑えきれない同様の感情が伝わってくる。


「小娘‥‥お前、よくこんな強烈な執着に耐えられるな?」

「公爵こそ、よくこんな多数からの執着心を向けられて平気でいられますね?」


 何故か、揃って溜め息を吐いた。




 宿屋は、衛兵によって完全に包囲されていた。入り口の大きな扉は開け放たれ、縄でグルグル巻きの冒険者2人もまだ玄関ホールに留め置かれている。衛兵の尋問中みたいだったけど、近付くわたしたちに気付いて衛兵も、冒険者も、従業員も皆が動くことを忘れてこちらに注目した。


「皆の者、ご苦労。興味深い報告だったゆえ様子を見に来てやったぞ。」

「公爵様!わざわざ御足労、痛み入ります。大変光栄ではございますが、この宿には生成なまなりだと嫌疑のある娘がまだ拘束されずにおりますれば、危険ですのでどうか、安全な所でお待ちください。すぐにでも捕獲致します!」


 恐らくこの場の衛兵たちの責任者なのだろう、一際派手な紫色のマントを付けた男が素早くイシケナルの前に跪き、勇ましく口を開く。


「ふざけるな!貴公等には人の話を聞く耳というものが付いていないのか!さっきから言っているだろう、ここに宿泊しているご令嬢は、間違いなく人間の娘だ!!酷い侮辱だぞ!」


 客室に向かう唯一の階段の上から、その奥へと続く通路を塞ぐ形で立つスバルが叫ぶ。鬼の形相で、両手をつかに添えた抜き身の剣を、足元の床に突き立てて仁王立ちの構えだ。

 その背後には廊下を埋め尽くす様に王都から同行した戦闘冒険者達が並ぶ。


「スバルっ!ありがとう、わたしのために。加勢するわ!!」


 ドレスの裾を引っ張り上げて、一足飛びに階段を駆け上がり、途中立ちはだかる衛兵たちの刺股や剣の包囲をスルリとかわし、振り下ろされたものには飛び乗って踏みつけ、あっという間にスバルの隣へ辿り着いた。


「は?え?」

「スバルを困らせる悪い子は、おしおきよっ!」


 戸惑うスバルをよそに、びしり・と、ドレスに合わせた扇子で階段下の衛兵たちを指す。が、息巻くわたしとは対照的に衛兵たちや、スバル、冒険者らはぽかんと間の抜けた表情で固まり、奇妙な静けさに包まれる。


「くっくっくっ。面白い奴だ!お前が衛兵まで倒してどうする?更に噂の信憑性を上げるだけだぞ。」


 静けさを破って逸早く再起動したのはイシケナルだった。いや、ハディスとオルフェンズはいつの間にか静かに階段の上までやって来ていた。さすがは護衛ズ。わたしに出来ることで彼等に出来ない事なんて無いんじゃないかしら‥‥。


「公爵様!?一体どう云う事でしょうか?もしや、お連れ様が例の‥‥?いや、しかし?」

「この娘はただの小娘だ。私の庇護下に在るものを捕らえる必要もないが、捕らえようとすれば甚大な被害が出るやもしれんぞ。衛兵詰所へ連れ帰って尋問するのは、拘束済みのその冒険者2人で構わん。」


 戸惑う衛兵に、わたしを捕えなくても良いと言い切ったイシケナルに、感謝すべきなのかもしれないけど、庇護下の者だとも告げられて、どうにも抵抗感が先に立つわたしは「うへぇ」と口角を下げたのだった。

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