第35話 顔が熱いっ!!何てこと言うの、スバル?!

 昨日、宿屋へ来た時にスバルによって告げられた集合時刻――ようやく太陽の光が山際を照らし出し、俊嶺の影ををくっきりと明けの空に描き出した頃、宿屋の玄関ホールに続々と冒険者たちが集まって来た。冒険者たちは、スバルが戦闘力を重視して集めた屈強な体格の者ばかりが25人。なかなか圧巻なメンバーなのだけれど、そこに更に煌びやかな護衛ズと可憐な女騎士スバルとその従者、そして気合を入れた『ちょっとハードボイルドな魔法少女風運動着』こと、全身黒のフレアスカート付きレザースーツもどきに身を包んだわたしが加わる。以上30名!――と思っていたんだけど。


「待ちくたびれたぞ、お前たち。」


 宿屋に到着したばかりの昨夜は、この玄関ホールには絶対に無かった豪奢な革張りソファと天板のモザイク画が美しいサイドテーブルのセットで、紅茶を愉しむイシケナルが鷹揚に声を掛けてくる。その周囲を、イシケナルの髪色に合わせたのだろう、騎士服に似た紫紺色の上下を纏う武装した男たちが護る。その数、10人。


「ミーノマロ公爵、本当に一緒に来られるのですか?万が一不測の事態があっても、我々は公爵をお守りする事は出来ません。」

「構わん。自分を守る人間はこちらで用意したからな。逆に私の護衛たちは何があっても私を優先する。手助けは期待するなよ。」


 そう、突然イシケナルがわたしたちの探索・偵察に同行することになったのだ。わたし達の調査予定地と重なる場所に生成(なまなり)の目撃証言まであり、今回の探索は非常に興味深いと、そう云うことらしい。


「それにどんな優秀な戦闘冒険者や衛兵を集めたよりも、戦力のある者達が居るからな。こんなまたとない好機を逃すはずなかろう。」


 言いながらソーサーに乗せたティーカップを下ろすと、すかさず護衛の一人がそれを受け取り、さっと何処かへ仕舞う。

 まさかの持参品?!と、ぎょっと目を見開いていると、イシケナルが鼻から下を覆う様にスカーフを巻き付けながら、呆れたように鼻を鳴らす。


「媚薬でも盛られては敵わんからな。」

「大変ですね。」

「他人事だな。」

「他人事にしたいんですよ。わたしと公爵様は、事実無関係なんですから!昨夜は貴方が庇護とか余計なことを言うから、わたしの護衛が大変だったんですよ?」


 ハディスはあくびを噛み殺しながら苦々しくイシケナルを睨み、オルフェンズはいつもの薄い笑みから放たれる気配が若干邪悪だ。


「一晩中、セレネ嬢を訪ねて得物を持った来訪者がありましてねー。下手にあんたに関わるととばっちりが大きくて勘弁して欲しいもんですねー。」

「全員身元を明らかにしましたから、リストをお持ちしますよ。」


 オルフェンズがペラリと、赤黒い染みが散った紙束を持ち上げる。人死にや重傷者が出ていないことは確認済みだけど、怖い。


「ふん、そんなもの調べていてもキリが無いだけだぞ。裏も含みもない、私の心棒者なだけだ。行くぞ!」


 突っ込みどころ満載の言葉を残し、何故かイシケナルが号令をかけて出発となった。




 わたし達と、スバルの手配した戦闘冒険者は、カヒナシ合流の10人も合わせて、宿まで乗って来た大型馬車2台に乗り込み、イシケナルは自身の装甲車の様な特製馬車に乗って、周囲を騎馬の護衛に護られながら、目的地であるシンリ砦まで行く事となった。

 カヒナシ地方へはいつも馬や馬車は使わず、自力での走破で来た事しかなかったので、幌の隙間から見える景色はとても新鮮だ。のんびり乗っているだけなんて気が抜けそうだし、少しくらいは走ってみたいなーと思ったんだけど、わたしの運動能力があちこちに知られてはまずいから「今回は走っちゃダメ!」とハディスには念押しされた。




 難なくシンリ砦に辿り着いたわたし達は、イシケナルが砦に詰める衛兵から森についての報告を受けている間、スバルと共に現在は禁足となっている森の様子を見るために、3階建てのこの砦の上に、更に高く聳え立つ、木組みの遠見のやぐらに登らせてもらった。


 シンリ砦が面する森、この森で昨日は採取冒険者が生成なまなりを目撃したと言っていた。つい2週間程前には常にない大型トレント達が溢れ出していた森だ、現在は一見平静を保ってはいるけれど、何があってもおかしくはない。


「遠方から見る限りでは、一見落ち着いて見えるけど‥‥―――なんだろう、とても嫌な感じがするんだ。私の目には、森全体に薄っすらと黄色がかった暗灰色の靄がかかって見えるけど、セレネにはどう見えてる?」

「うぅーん。あんまりしっかり見たくない感じだけど、敢えて言うならスバルの言う色のナメクジか‥‥ウミウシの団体がひしめき合って波打ってる感じかなぁー‥‥。」


 とても禍々しいだけでなく、生理的に受け付けない気持ち悪さがある。しかも、どこかで以前に見たモノに良く似ている気がするのは、気のせいよね?


「あー。何か黄色い騒ぎの時に見たモノに似てるねぇー。」

「うっ‥‥やっぱりハディス様もそう思いますか‥‥。」


 ちゃっかりわたし達と一緒に櫓に登っていた護衛ズだったが、ハディスはわたし同様に険しい視線を森へ向けている。

 思い出すのは大禰宜だいねぎムルキャンが大暴れした時に現れた鮮やかな黄色の超巨大ウミウシだ。未だ鮮明に思い出せるくらいのインパクトがあった。


「何だよ、2人で分かりあっちゃって。何処かへ一緒に出掛けた時の思い出の話かい?」

「思いっ‥‥!!」


 ぼしゅっ・と、音が出たんじゃないかなっ!顔が熱いっ!!何てこと言うの、スバル?!







 視界に広がるただならぬ様子と、スバルのからかいに気をとられていたわたしは、その時微かに聴覚を掠める森からの声を、完全に聞き逃していた。



 ―――‥‥我が君。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る