第28話 色々刺激が強すぎて、魂抜けてるんじゃないかしらわたし‥‥。
宵闇が迫る草原。大人の膝丈ほどの高さしかない草ばかり生い茂ったその中央をぱかりと切り開いたかのように、真っすぐ地平線に向かって土の道が延びる。馬車2台が悠々並べるその道は、王都からカヒナシ地方へ向かう主要道となっている。その道を、4頭立ての大型の幌付き4輪馬車2台が連なり、冒険者達を乗せてカヒナシ中央都市へ向かってもうもうと土煙を立てながら進む。
大きな馬車とはいえ、しっかりとバンブリア商会開発のサスペンションが効いている為乗り心地はそれほど悪くはないけれど、厳つい戦闘冒険者5人と相乗りしたわたしたちは、別の意味で乗り心地が悪い。理由はそう、彼ら冒険者のわたしを見る目よ。
二台の馬車のうち、一台は冒険者ばかりを10人乗せている。もう一方のわたしとスバルが乗る馬車には、ハディス、オルフェンズ、そしてスバルの従者1人と、冒険者5人が乗っている。あれ?冒険者が5人足りないなーと思うでしょ?その人たちはオルフェンズの殺気で震えのあまり立ち上がれなくなったから、そのまま今回のミッションからは外れてもらうことにして、エクリプス邸で帰ってもらった。そもそも戦闘力を期待しての雇用だったのに、スタート地点で既に震えて動けないでは、彼ら自身が危険だもの。
そして、向かい合って乗る馬車の中、わたしたちの正面に並ぶのは厳つい戦闘冒険者5人。こちら側はハディス、スバル、わたし、オルフェンズが座り、スバルの従者は馭者台に居るのだけれど‥‥。
「オルフェ、居た堪れないわ。止めてもらえる?」
「お気になさらず。不心得者共を多少排除は出来ましたが、まだまだ身の程知らずは残っているかと思いますから。安全が確保出来るまではお守り致します。」
うん、護衛の鏡。けど絶対に違うと思う。
わたしは今、いつぞやの様にオルフェンズの膝の上に横座りをしている。もちろん望んでではない。断じて違う。そしてついでに、この体勢ではサスペンションも、シートの柔らかさも、もはや何の意味もない。そして正面の彼らのうんざりした視線の正体はきっとこうだ「リア充爆発しろ」――けどそうじゃないのよぉぉ!!
「おい銀の、いい加減代われ。」
「ふ・はぁ‥‥ディス様!?」
いつもの「いい加減にしろ」とか「離れろ」じゃないの!?
ぐりんっと勢いよくハディスを見ると、憮然とした表情で、どうやら冗談を言っている訳でもないみたいだ。
「セレネ、良かったら私が場所を移ろうか?」
「止めて、スバル。そんなこと貴女にさせられるわけないじゃない。って言うか、コレをやりたがるうちの護衛たちがおかしいだけだからっ!!」
控えめに声を掛けてくれたスバルだけど、どう考えても今回おかしいのはわたし達だから、スバルを動かすなんてとんでもない!離れろ――!と、がっちり腰に回された腕を解こうと力を入れるけど、全く動く気配がない。ならば!魔力を巡らせて―――。
「ふぅわぁっ!」
急に解かれた拘束に、体勢を崩すと、再びしっかり抱えられる。
何すんの!と抗議の意図を込めて、視線も鋭く、勢い良く振り返ると、ひんやりした凄みの有る笑みに間近から見下ろされて、思わず背筋を伝った悪寒にぞくりと身体が撥ねる。
「――いけませんねぇ、桜の君。貴女の稀有で美しい
「オルフェ?ちょっと、凄い迫力なんだけど。わたし何か悪いことしたかしら?」
「えぇ、貴女は本当に悪いヒトです。」
ふふ‥‥と浮かべられた笑みが、またひんやりした妖艶さで怖い!だめだ、こりゃ!!心臓が保たんっ!
「ハディス様!そっち移りますっ!!」
慌てて近すぎるオルフェンズの胸を押して身体を反らし、無事拘束されずに立ち上がる事の出来たわたしは、また捕まえられては堪らないと、急いでグラグラ揺れる馬車の中を移動し、呆気にとられるスバルの前を横切ってオルフェンズから離れたその場所へ勢い良くドスンと座る。
「ふぅ――。」
無事移動成功!あの色気はまずいわ、ホント。至近距離じゃあ寿命が縮んじゃうわ。やっとこれで一安心‥‥。
「セレネ嬢。」
戸惑い気味な声が、超至近距離で響く。
「僕としては、やぶさかではないんだけど‥‥。」
「へ?ハディス様?」
んん?なんだかお尻の下の座面がもじもじと小刻みに動く――?
きょとんと見下ろした座面は、光沢のあるビロードの座面でもなく、板張りでもなく、厚手の黒い生地に包まれた二本のガッチリとした――脚。
「ふぅわっ!!し、失礼しましたっ!!」
「あぁもぉー、危ないから動き回らないのー。」
浮かしかけた腰をまたしっかりと抱き留められて、ハディスの膝の上に逆戻りする。そして「大人しくしててねー。」と、腰に回していない方の手でわたしの頭をポンポンと撫でる。
こっ‥‥これは、ハディス様の初膝だっこ――!!
なんだろう、オルフェンズとはまた違ったガッチリした筋肉があって、けど堅いだけじゃなくって安定感もしっかりあるのが座面から伝わる‥‥って言うか、接してるのわたしのお尻――!!しかも久々の頭ポンポン付きっ!あか――ん!!!顔から火が出る――っっ!
「セレネ‥‥もうちょっとでカヒナシの中央都市に着くから。頑張れ。」
遠慮がちに呟いたスバルの声が、物凄く遠くから聞こえた気がした。色々刺激が強すぎて、魂抜けてるんじゃないかしらわたし‥‥。
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