第29話 わたしの力じゃなくて偶然たまたま思い掛けずなのよ!ココ大事!!

 カヒナシ中央都市に着いたわたしは、魂が抜けた様にすっかり気力を削られた状態だった。

 だって、到着するまでの馬車の中、正面に座った冒険者5人の何とも言えない視線を感じながら、照れる素振りもないハディスの膝の上に座ったままよ!?

 少しでも体重の負担がハディスに掛からないように、気休めかもしれないけどいつも以上に背筋をピンと伸ばした心身張り詰めた状態だったから、疲労度は半端じゃないわ。これなら走ってここまで来た方がずっと楽だったに違いないと思えるほどにはね。


 馬車を降りるまで抱えられた体勢でどうなるのか不安になっていたら、地面に降りたところで丁寧に下ろしてくれた。そのお陰で、もう一台の馬車に乗っていた冒険者たちにも微妙な表情で見られてしまった。わたしを侮る冒険者からの心象を、自分で払拭するつもりなのに、とほほ‥‥。


 目当ての宿屋のあるカヒナシの中心街は王都の隣の領地だけあって、複層階建ての住居や商売を行う店舗が数多く有り、街路も綺麗な石畳で整えられ、花を付ける街路樹までもが立ち並ぶとても美しい街並みだ。しかも王都に次ぐ規模を誇る街だというから、領主の権威の大きさを窺い知れる。前に来た時はヘリオスの誘拐やトレントとの戦闘勃発で慌ただしかったから、ゆっくりと街を見たりはしていないのよね。それにしても‥‥こんな栄えた領地を治めているイシケナルって、もしかしなくても大領主なのね。色々言ったり、やらかしたりしている気はするけど、まぁ済んだ話だ。‥‥うん。


「週末で夜もまだ宵の口だっていうのに、大きな街の割には人通りが少ないわね。」

「うん。‥‥不自然なほど少ないのは、やっぱり最近目撃の増えている魔物の影響があるのか、それとも別の理由があるのか‥‥?」


 閑散とした街並みを眺めるわたしとスバルの視線の先には、街を巡回する衛兵の姿がある。三人一組で長剣を刷き、街を注視しつつ歩を進める姿は、緊張感が漂っている。魔物がカヒナシの街中で見掛けられたと云う報告は今のところ耳にはしていないけれど、戒厳令も発令されていないのに繁華街を歩く人の姿もまばらなこの状態はただ事ではないだろう。


「この街で合流予定の冒険者さんたちは何か情報を持っているかしら。」

「そうだね、とにかく集合場所の宿に行って情報収集と、明日の段取りをしてしまおうか。」


 街路から視線を返し、今日宿泊する予定の宿へ向き直る。大きく宿屋の看板を掲げた3階建ての建物は、正面に庭や門などの設えは無く、扉までの10歩分ほどのスペースは一段高くなって、色とりどりのタイルの美しい装飾が施されている。馬車は建物背面に駐留場所が設けられているらしく、2台の馬車は全員が降りると、宿の使用人によって移動させられていった。

 この宿で落ち合うはずの残り10人の戦闘冒険者は、先に着いている段取りとなっている。スバルが、30人の冒険者の集合場所として手配していただけあって、街一番の大きさを誇る落ち着いた佇まいの宿なのだけれど――なぜか異様に内部がざわついている?


 と思った瞬間、宿の大きな扉が中から勢いよく開いて、それと同時に吹っ飛んできた厳つい男の背中が眼前に迫った。両隣の護衛ズが咄嗟に動こうとするけど、迫る背中の真正面はわたしだ。

 どうするか考える余裕もなく、咄嗟に全身に魔力を纏って両掌を正面に向けて額の前に翳し、衝撃に備えて重心を落とす。掌に勢い付いた男の背中の丸みが当たった瞬間、手首のスナップを利かせ、僅かに曲げていた肘を伸ばす反動も合わせて柔らかく押し返す。


「ト―――スっ!!」


 どす・

「「ぅぐっっ!」」


 鈍い音と男2人分の野太い呻き声が聞こえて、扉の向こうもこちらも静けさに包まれる。

 扉の向こうには、折り重なった大柄な男2人と、それを呆然と見る従業員と冒険者と思しき人垣。そしてこちらは両腕を前に突き出した姿勢のわたし。って、まずい!注目浴びてる!?


「きゃーっ、怖かったぁーっ!何でわたしの手にぶつかって勝手に飛んで行っちゃうの!?わっかんなぁ――い!!」


 突き出した手を口元に持って行き、大げさに驚いた表情を作って、偶然の事態に動揺するか弱いご令嬢を演じてみる。うん。きっとこれで大丈夫‥‥よね?

 と、折り重なった男たちの傍で呆然としているこの宿の上級執事バトラー風の男をちらりと見遣って反応を窺うと、ぼんやりとこちら側を見ていた焦点がわたしと合うなりギクリと身体を跳ねさせて慌てた様にこちらへ向かって来た。


「たっ‥‥助かりました。まさかこんなにお若いお嬢様に、この場を治めていただけるなど思いもせず、ついぼんやりと。申し訳ありません。そして有難うございます。従業員を代表してお礼を申し上げさせていただきます。」

「いいえ、偶然訳も分からないうちに、この方々が勝手に転んで、たまたま正面によろけるなんて、思い掛けない幸運が重なったみたいで本当に良かったです!」


 わたしの力じゃなくて偶然たまたま思い掛けずなのよ!ココ大事!!

 って何でかな?執事さんだけじゃなくて、一緒に馬車でやって来た冒険者達まで「えぇー何言ってんの?」とでも言いたげな表情で‥‥「あの殺気の男を従えるくらいだからな、やっぱり只者じゃなかったんだな。」なんてボソボソ言わない!


「何か?」


 わたしの非力を疑う言葉を囁きあっていた冒険者へ笑顔を向けると、さっと顔色を青くして「いえ、おっしゃる通りです!」なんて慌てて姿勢を正されたわ。

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