第26話 歴史の移り変わりくらいの長さよね。それは遠慮したいかな。

 正直に言うわ。


 逃げたい。無かった事にしたい。


 本当なら、家格が上のお友達は上得意様になってくれることも多いから、とても有り難い話だけど、それは、何のしがらみもない相手の場合の話で、王族相手だけはその限りじゃないのよね。御料地や王家御用達を看板に掲げる商会は別に在って、男爵家が営む商会では王家に物品を直接卸すことは出来ないから旨味は無い。


 それから、男と女の友情は成り立たないとか、そんなことを言うつもりもない。むしろ、こちらは優良物件を探している最中だから、ウェルカムなくらいだし。けどそれも家督継承の可能性もない男性の場合の話で、出来るなら三男以下の、計算が出来て、トークが上手く、頭の回転が速いなら言うことはなくって。顔は愛嬌があった方が良いな。あとは‥‥いや、そうじゃなくて。王族や、その周辺の高位貴族が男爵家の家督も継がない令嬢に婿入りなんてする訳がないから、わたしの将来にも繋がらない。


 そして、下手に王族と仲良くなってしまうと、本気でその座を狙っている高位貴族の方々からのやっかみと横槍が入ることが容易に想像出来て、面倒事の予感しかしないもの。ささやかな嫌がらせは、トレーニングになるくらいで問題なしだけど、高位貴族になると本気で暗部やその道の人間を雇って消しに来るから、さすがにわたしでも無事に済むかどうか‥‥。下手をすると家ごと潰されかねない。


 だからこそ、困った。逃げ出したい。無かったことにして欲しい。


「―――迷惑だろうか?」


 きゅるんっ、と音が付きそうに潤んで艶やかに輝く黄金色の大きな瞳で見上げるアポロニウス王子は間違いなく意図的にやっているに違いない!美少年が庇護欲を掻き立てる仕草を意識して使いこなすなんて――恐ろしい子!!わたしの、王族には関わりたくない固い決意がボロボロ崩れ落ちて行きそうよっ。


 けどね、ちょっと落ち着くわ。すーはー。


「王子、ポリンド講師には情報を掴むためには王族の庇護を得られる妻や愛妾を目指す事を勧められておりまして、その講師自身もどうやら王族なのですよね‥‥?その上、その甥御さんである王子までこのタイミングで親しくする事を所望されるとなると、色々勘ぐらざるを得ません。何でもない時であれば、友人と云う言葉も別の意味を持ったのでしょうが、妻、愛妾のお話があった後では王家と我が家との約定である、わたしが学園生活を卒業してからその先の話をすると云う条件を反故にする気かと疑いたくなります。」


 アポロニウス王子、ポリンド、ハディスの3人もの王家絡みの人間が居るこの状況は、ぽっと出の男爵令嬢を取り囲むものとしては不自然極まりないわけで。

 じっとりとした視線を返すと、王子はぎょっと目を剥き、勢い良くポリンドに顔を向ける。


「叔父上、本気でそんな話をなさったのですか?」

「あ?え?私が?そんなこと言ったかなぁー?」


 わざとらしく首を捻って、目を逸らしたポリンドに、王子の背後に居たギリムが澄ました表情で一歩前に進み、おもむろに口を開く。


「おっしゃいました。俺はあの後ずっとバンブリア嬢と、エクリプス嬢との女性軽視問題についての考察話し合いの場に居合わせることになりました。とても居心地が悪かったですね。」

「叔父上?」

「わ、悪い話じゃないでしょー?」


 ポリンドに向けた王子の顔は既に可愛らしさの欠片もない。威圧するような迫力ある笑顔で、どこか怒っているみたいだ。


「残念ながら、わたしには全く良い話ではないです。」

「そーそー、迷惑だってー。」

「ハディス様?その点においては皆さん同類と見ていますからね。婿になり得ない時点で。」


「婿?」とポリンドがポカンとして呟き、王子は笑顔で固まり、ハディスは、はぁーと溜め息を吐いた。


「君たちと同類認識されるなんて‥‥。せっかくのここまでの僕の苦労が、君たちのお陰でまた振り出しだよー。」

「良いのではないですか?時期が来たらあるべき所へ戻る。そんな約定でもあるはずですよ。」


 無言を貫いていたオルフェンズが、何故か機嫌良さげだ。そんなオルフェンズをチラリと見遣ったハディスは、忌々しげに目を口角を下げ「お前ばっか、ズルいぞぉー。」と弱々しげに呟く。


「無理を通そうとなさるなら、わたしを始めとしたバンブリア商会一同はオルフェと一緒に消えます。逃げます。戦います。なので、もし、わたしや我が家に価値を見出だしてくださるなら、残り短い学生生活は無難に満喫させてくださいますね。」


 何様よって傲慢なセリフを言ってる自覚はあるけど、この権力の塊みたいな令息その他から無事逃げ切ろうとしたら、この程度の事を言わなきゃ強引に煙に巻かれちゃうわよね。


 さり気なくオルフェを対王家の切り札みたいな使い方しちゃって申し訳ないけど、わたしだと力不足過ぎて、王子始め他2人に対しては何の説得力も無いから、味方に引き込んだ。


「オルフェ、ごめんね?勝手にこちら側に引き込んで。」

「いいえ、桜の君にお供出来るなら望むところです。赤いのをこちらに加えないとあれば尚のこと、腕にりをかけてみせましょう。」


 にっこりと、とてもイイ笑顔だ。これは何年、何十年神隠しコースだろうか‥‥。


「――商売の伝手を無くさない程度の、ほどほどでお願いするわ。」

「残念。私は100年でも1000年でも望むところですから。その時が来たら気遣いは無用ですよ。」


 1000年って‥‥歴史の移り変わりくらいの長さよね。それは遠慮したいかな。


「待て、バンブリア嬢。私は何もそこまでの無理を言っているつもりはない!それぞれの立場は理解しているつもりだ。その上で、今よりも少しでも気安く言葉を交わす機会くらいは設けられないかと‥‥ただそう思ったんだ。」


 アポロニウス王子は、堂々とした佇まいであることは変わらない。けど、語尾に向けてやや小さくなって行く声に、どこかしょんぼりして見えない耳と尻尾が垂れ下がっている幻覚が見えてくる。

 しかも、この王族達ってばやっぱり血族だけあって、どこか面立ちが似てるのよっ。どっかの誰かさんのへにゃりとした垂れ目を見ているみたいで‥‥。


「だ‥‥っ。」


 断りたいのに、視線すら会わせずにうつむき、じっと黙り込んだ王子と、その背後の、ほぼ一年生で占められるご学友令息達の視線が痛くて、言い出せない。


「っだーもーぉ!」


 あかーん、これ王子じゃなかったら、ただの年下を苛める上級生って図式よね?しかもわたし生徒会長だし、ついこの前まで悪徳生徒会長って言われてたし?


「話すだけですよ?たまに。」

「あぁ、有り難う!」


 王子が仲間ともだちに加わった。

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