第21話 けどこれならわたしのヤル気俄然アップよ!
スバルの領地からの緊急招集が無くなったお陰で、この日の歴史学の課題は3人で進めることが出来る事になった。
前回までの建国期調査の過程で浮かび上がった疑問点『実際よりもずっと大きく表現された月』と『表現されていない王都を取り囲む山脈』について考察するにあたって、まずは山をはじめとした地歴に詳しい人か、天文学に通じた人を探すべきではないかと意見が纏まっていた。
『かぐや姫と5人の貴公子、引き裂かれた帝の恋心と愛憎渦巻く建国期』を進めたくはあるけれど、どこかにその糸口が無いかひっそりとわたし一人の心の内にその意欲は潜ませつつ、月と山に関する調査を進めることにした。
トントントン
「どうぞ、待っていたよ。」
わたしとスバル、ギリムの3人が調査のため訪れた部屋の扉をノックすると、中から穏やかな老人の声が返って来た。
「失礼します。」
若干緊張の混じる大きめの声で告げてから、『学園長室』とエッチングで文字を刻まれた、金色に輝く真鍮のプレートの掛かった重厚な扉を静かに開く。
「歴史学の先生から話は聞いているよ。地理か天文学に通じた教員か専門家を紹介して欲しいと云うことだったね。まぁ、まずはそこに腰掛けて話をしようか。」
部屋の主たるクロノグラフ・ミーノマロ学園長に、前回来た時と同じく部屋中央の応接セットの豪華なソファーに腰かける様勧められる。そして、緊張しながら腰を下ろすや否や、学園長が再び前回と同じように手ずから紅茶を人数分注ぐのを見て、わたしがやります!と、慌てて立ち上がるけれども柔らかな笑顔で「まあまあ、老後の生徒との交流は、これまで堅苦しい領主の仕事と公爵の社交をやってきた私のせめてもの息抜きだから、任せてくれんかの。」と、やんわり断られてしまった。
「さて、結論から言おうかの?まずこの学園には地理か天文学に通じた教員はおらんのだよ。」
え、あっさり話が終わってしまった。
ぽかんとしていると、学園長がさらに続ける
「けれど、フージュ王国にまで範囲を広げれば専門家はおるよ。」
もったい付けたように言う学園長だけれど、この言い方はきっと何か裏がある!そう確信して口を引き結び、じっと続く言葉を待っていると、学園長は紫の瞳を細めて苦笑する。
「君らも察しているかもしれんが、地理は国防に深く関わって来るし、天文学はかぐや姫の伝説からは切り離せん。だからそれ等を扱うのは王室との関りが密接な上位官僚となるんだが――構わんかの?」
さらにポカンだ。
取りあえず、なんで
「月に上ったかぐや姫の伝承があるだろう?幼い頃から神殿へ来ている者なら礼拝で
「面目ないです。なんの実利も旨味も見出せなかったので。」
てへ。と頭を下げると、更に視線が刺々しくなった。ギリムは「はぁ」と大袈裟な溜息を一つ吐くと、一度しか言わないからちゃんと聞いておけよ、と前置きをして話し出した。
「かぐや姫は帝に恨まれて月へ昇った。そのかぐや姫が天体を動かしているといわれている。輝く星が増えるのは、地上の人間たちの非道な行いにかぐや姫が流した涙の滴で、その滴が増えれば増えるほど地上の気候は乱れ、最後には天に川が現れて地上の魔力を大いに搔き乱し、天災が引き起こされる。だから女神さまの御心が安らかであるために、
すらすらと流れるように語るギリムに、学園長は「こんな場所で神殿司直々に説教を語っていただけるとは、有難いことですねぇ。」と微笑んでいる。
そうか、有難いのか‥‥かぐや姫に七夕がミックスしてきて余計に昔話色が強くなって、有り難味ダウンしてるわたしとは大違いね。
「これまで幾度と無く、その現象は観測されている。まぁ、涙云々は脚色の部分もあるだろうが、地上で動植物を魔物化させる様な魔力が増えすぎると、なぜか天空の星が増えると言われている。ここだけの話、そのあたり、今のフージュ王国国王の祖である帝と、その妻であったかぐや姫が何らかの関与をしているとも言われているがな。だからこそ、王室とのかかわりが出てくると云う訳だ。」
なるほどー。この世界のかぐや姫は、目出度く帝と結ばれていましたか。それなのに恨まれて月へ帰ったと。結婚してたのに5人の貴公子と浮気したとか、そんな話だったのかなぁ?うん。正しく『かぐや姫と5人の貴公子、引き裂かれた帝の恋心と愛憎渦巻く建国期』ね。
「おい、何を考えている?」
まずい、思わずニヤついたのがしっかりギリムにばれちゃった。けどこれならわたしのヤル気俄然アップよ!
「いいえ、とても面白そうなお話だと思いまして。」
淑女の楚々とした笑みを浮かべたはずなのに、なぜかギリムから胡乱な視線を向けられた。うむむぅ。
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