第20話 どうしてだ?俺は間違ったことはしていないはずなのに―――? ※カインザ視点

 アンの望みを叶えてやらなければならない!

 愛らしい彼女の障害となる、憎きセレネ・バンブリアを排除しなければ―――!!


 あの時強く思った気持ちは、魅了の魔術によるものだったと聞かされた。そして掛けた当人だと云う見知らぬフードの男によって解かれたらしい。けれど俺の気持ちはあの時とそう変わっていない気がする。俺を慕ってくれるアンは愛らしい。奥ゆかしく距離を取りつつ傍に居るメリリアンは将来の決まった相手だから、当然大切にする。しかし、何かにつけて平民と変わらぬ身分のくせに王子にも対等に物言いをしようとする生徒会長バンブリアは忌々しい。


 本当にあの時と何一つ変わらないのだが、俺は本当に魔術なんて掛けられていたのか?

 俺を陥れようとした誰かの陰謀で、俺にそんな不備があったと王子に吹聴しただけじゃあないのか?


「少し私たちと距離を置きませんか?このままでは‥‥カインザ様の為にならないかと思います。」


 珍しく、メリリアンが意見をしてきたかと思ったら一体何を言っている?

 一言、控えめな小さな声で言った後も物言いたげに俺を見て来るが、いったい何を考えている?分からん、と眉根を寄せている間に彼女は立ち去ってしまった。


「あら、カインザさまぁ!こんなところにいらしたなんて、なんて奇遇ですの!やっぱりあたしとカインザさまは真実の愛の運命の糸で結ばれているんですよねぇっ!!」


 かと思えば、アンがいつも通り俺の腕にピタリと張り付く。柔らかく、香しい芳香は、控えめなメリリアンでは感じられなかったものだ。全身で好意を表現してくるか弱い女性を無碍に扱うことなど出来ようはずがない。



 そしてしばらくすると、メリリアンは宣言通り俺とは距離を取っているようだったが、事あるごとにアンに何か険しい顔で告げている姿を見掛ける様になった。嫉妬か?参ったな。騎士たるものか弱い女性には殊更心を砕く必要があるんだ。仕方ないじゃないか。それに君は俺の婚約者で、将来の事は確定しているのに何を目くじらを立てる必要があるんだろう。

 そう言おうにも、メリリアンは相変わらず俺とは離れて過ごそうとしているらしく、声を掛けることもままならない。


 そんな風に過ごしたある日の朝の学園玄関で、生徒会長バンブリアに何事か話し掛けているアンと、それにまた苦言を告げているのだろうメリリアンの姿を遠巻きに見ていた。


 何だか厄介そうな空気が漂っているな。アンは俺の助けがなくても自ら生徒会長へ苦言をしに行く気概がある様だ。俺の前では、年上だということを感じさせない可愛らしさもある反面、そんな気の強い一面があることも面白い。


 そんな風に、愛らしい少女2人を景色の様に眺めていると、不意に、最も目を合わせたくない女、生徒会長がこちらを見付けて、図々しくも手招きで俺を呼びつけようとする。ふざけるな、俺はお前の使用人じゃないぞ。しかし、メリリアンとアンまでもが俺のことをじっと見ている。仕方がない、2人に免じてそっちへ行ってやるよ。しばらく話す事も出来なかったメリリアンと話せるかもしれないと期待したわけじゃあないぞ!


「何の用だ。」

「ごきげんよう、ホーマーズ様。気になるのなら堂々とこちらにいらしたら良いではないですか?と思いまして。その後、ちゃんと向き合っていますか?」


 相変わらず生徒会長の身分を笠に着て、家格を無視する気分の悪い奴だ。


「ふん。偉そうに言われる筋合いはない。」

「そうよね!あたしたちは上手くやってるんだから!」


 言うや、アンがいつもの様に身体を密着させつつ腕を取って来る。全身で伝えられる好意の勢いに俺は少しふら付くが、悪い気はしない。


「カインザ様、レパード様?お2人の評判の為にも、その様な事はお止めになった方が良いと何度も申し上げているじゃないですか。」


 微かに眉根を寄せたメリリアンは、生粋の令嬢だからアンみたいなストレートな親愛表現が出来ずに、いつもこんな風に嫉妬してくる。そんなメリリアンも愛らしいと俺は思っているし、結婚する相手がメリリアンだと俺もちゃんと分っているのに、どうしてそんなピリついているんだろうな。


 俺が婚約者だと認めているのは紛れもなくメリリアンただ一人だ。アンは親愛の情を伝えてはくれるが、どれだけ主張したところでメリリアンの座が揺るがないことくらい彼女自身、自分の身分を鑑みて分かりきっているだろう。その上で好意を示してくれるなら、俺としては居心地も悪くないし、守ってやる気は充分にある。間違ったことはしていない。



 ―――けど、どうしてだろうか?


 最近ほんの少しではあるが、メリリアンが俺を見る表情が、笑顔が、以前の緊張から来る硬さとは、ほんの少し違ってきている気がするんだが‥‥。いくら俺でも、見慣れたメリリアンのはにかみながらぐっと堪えてつくった澄まし顔と、興味を失ってただ取り繕っただけの笑顔の区別はつく。


 どうしてだ?俺は間違ったことはしていないはずなのに―――?

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