第19話 ならばこの愛らしく、俺を頼りにしている2人をどうしろと仰るのだ‥‥。 ※カインザ視点

 俺はカインザ・ホーマーズ。誉れ高いフージュ王国 国王直々に遣える第二騎士団 団長の次男だ。うちは代々優れた武勲を持つ騎士を輩出することで、国民はおろか国王からも一目置かれている家系だ。現在も嫡男である兄デジレは団長父上の補佐役として、次期団長を継ぐ為の研鑽を続けていると、騎士団寮から帰省した兄からことある毎に自慢されている。悔しくはあるが、我が家の優秀さを思えば当然のことだ。


 騎士団には第一から第三までがあり、第一騎士団は王族の近辺警護を始めとしたお飾りの仕事が多い。よって容姿が重視されたような生っ白い奴等が大勢居る。そんな奴等の中では、名門武家出の兄の能力は高すぎたのか父上が直々に配下に据え置いた。その父上率いる第二騎士団は一筋縄ではいかない人間相手が主な任務で、その下部組織として王都警邏隊等の市民にも馴染みの治安部隊が控える。都市の平和を守護する尊い役目を負う重要な組織だ。第三騎士団は、俺の中では獣使いとさして変わらない。下等生物である魔物対策が主な仕事になる。市民たちには同等に華々しく憧憬の念を持って見られる騎士団だが、その実情はそんな風に上等から下等まで幅広い。


 とは言うものの、俺の希望は第一騎士団の団長だ。国王や王子を守護し盛り立てるため、これまでの奴らの様にお飾りではなく、武勲の名家として知られる俺が質実共に完璧に護ってみせる!そして歴代最高の評価を得る団長になってやる!


 第二騎士団団長の令息とは言え、次男の俺は家督を継ぐことは適わないから、幼い頃から親父には厳しく鍛えられてきた。お陰で同年齢のひ弱な令息などとは比較にならないほどの体格と運動能力を手に入れている。それもこれも、家門に寄せられる名声に驕ることなく自己研鑽を続けてきた俺の努力あってのことだ。


 稽古から逃げる事のあった兄の背中を、幼い頃から馬鹿にしながら見てきた俺は、自ら進んで6つ年上の兄貴でも逃げ出す様な訓練に取り組んで来たんだ。ひたすらに。

 その甲斐あって、今ではアポロニウス・エン・フージュ王子の入学に際し、若干12歳にして学友兼護衛筆頭に選ばれるほどの信頼を勝ち得ている。王子の周りには宰相の息子、公爵家の息子、そして前大神殿主の息子を含む、将来のフージュ王国を背負って立つ有望な令息たちが集められている。けれど、どいつもこいつも青瓢箪みたいに弱々しい奴等ばっかりだ。これなら俺の活躍する場はふんだんにあるだろう、気合を入れて学園生活を送って、将来の布石として先ずは揺るぎない王子の信頼を勝ち取るぜ!


 ―――それなのに。


「カインザ、君の宿題だよ。両腕の麗しいお嬢さんの事が片付くまで、私の護衛には就く必要は無いぞ。その状態では務まるはずも無いからな。期限は今、私達が話し合っている文化体育発表会の開始時刻まで。そこで解決出来ていない場合は、私から父上にお話しして他の護衛候補を立てることとするよ。」

「「「そんなっ‥‥。」」」


 自分の声に混じって婚約者メリリアン・ジアルフィー子爵令嬢と、アンことユリアン・レパード男爵令嬢の声が重なる。俺の左右それぞれの手を取った2人はそれぞれ異なった反応を見せた。

 メリリアンは自分の行為が俺を窮地に陥れたと気付いたのか、弾かれた様に握っていた手を離して呆然と王子を見つめているし、アンはそっと細い指の力を抜いて王子、ギリム、ロザリオンをきょろきょろと見渡している。俺のために誰に取り成すべきなのか考えているのかもしれないな。2人とも愛らしい俺の護るべきご令嬢だ。

 女性には優しくすべきだと教わったし、俺に好意を寄せてくれる相手なら尚のことぞんざいに扱える訳もない。何より、2人ともに俺を敬う態度で接してくれるのが嬉しいし、居心地が良い。将来はメリリアンと結婚することは決まっているけれど、俺を大事にする相手なら俺も好意で応えなくては。


「文化体育発表会の期日は、一か月後の水無月末日です。勿論、その日は保護者や後見人の方も学園においでになりますから、その場で騒ぎを起こすことだけはお止めくださいね?」


 なのにこの身の程知らずで高慢な生徒会長バンブリアは、何を生意気に諭すような口調で俺に話しかける?鬱陶しい。こいつのお陰で、王子の俺に対する評価が下がっているんじゃないのか?俺がいなくなったら王子の護衛力が大きなダメージを受けるというのに、何も知らない平民はこれだから困る。


 ぎりりと奥歯を噛みしめて生徒会長をねめつけて居ると、何故か王子はクツクツ笑っていた。

 何が可笑しいんだ?と視線を向けると、薄っすらと口元だけに笑みを乗せた、ひんやりした表情の王子と目が合った。


「カインザ、お前の出す結論を楽しみにしているよ。」

「王子‥‥。」


 結論、と言うことはどういう事だ?俺にか弱き民衆じょせいを護ると云う騎士の矜持を捨てろと仰るのか?いや、それはあまりに無体だ。ならばこの愛らしく、俺を頼りにしている2人をどうしろと仰るのだ‥‥。頼る女性を切り捨てる冷酷な選択を俺は迫られているのかもしれない―――何てことだ。


 絶望と困惑のあまりがっくりと首を垂れた俺の前で、生徒会長は無常に扉を閉めた。

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