第18話 にこやかにそう答えるしかないじゃない。

 カインザは一瞬苦々しい表情をしながらも、しぶしぶといった様子でこちらに向かって来た。


「何の用だ。」

「ごきげんよう、ホーマーズ様。気になるのなら堂々とこちらにいらしたら良いではないですか?と思いまして。その後、ちゃんと向き合っていますか?」


 まぁ、わたしも人のことは言えないけど、ようやくちょっと前進した訳だし、少しくらい上から目線で言ってもいいよね。しかもカインザの方が期限が短いわけだし。


「ふん。偉そうに言われる筋合いはない。」

「そうよね!あたしたちは上手くやってるんだから!」


 がしりとユリアンに身体を密着させつつ腕を取られてよろけるカインザは、ほんの少し頬を緩める。


「カインザ様、レパード様?お2人の評判の為にも、その様な事はお止めになった方が良いと何度も申し上げているじゃないですか。」


 表情を曇らせるメリリアンに気付かない2人は、相思相愛と云った様子でもないのに離れる素振りは無い。馬鹿だなぁ、カインザが思うより、これはひょっとすると期限は短いかもね。





「良かったよ、セレネ。最悪は免れていたみたいだ。」


 講義室へ着くなりスバルがほっとした様な、けれどまだ不安を抱えたままの複雑な表情で足早に近付いて来た。昨日偶然スバルが見た王城へ向かうエクリプス辺境伯家の遣いが運んでいた書簡は、魔物による死傷者の発生と云う最悪な事態を伝えるものでは無かったらしい。王城で働くエウレア出身の官僚がスバルにも教えてくれたそうだ。けれど未だ曇った表情なのは、これまで魔物の目撃証言のなかった住宅地で、市民と魔物のごくごく至近距離での遭遇があったとの知らせだったからだ。魔獣の動きの活発になる夜間の出来事ではあったものの、スバルの実家であるエクリプス辺境伯は警戒を強めているらしい。

 まあ無事で何よりだった。


 商会ではエウレア地方との交易商隊が実際に魔物に襲われ、人員に軽傷、積み荷が丸ごとダメになった被害が出ている。襲われたのはエウレアから山脈を越えてカヒナシ地方へ入ってすぐ程の場所らしいから、丁度エクリプス辺境伯の警戒網から外れたあたりで襲われたんだろう。たまたま運が悪いのか、わざわざ狙われたかは定かではないけれど。


 スバルへは、そんなこちらの状況についても説明すると「こちらの事情しか考えずに、良かったなんて言って済まなかった。」と謝られたけど、慌ててこっちこそ、そんなつもりは無いからとアワアワする羽目になってしまった。ただの報連相のつもりだったのよホント。


 そして辺境伯からの書簡には王都近郊の魔物の出現状況や、森林の植生の確認をする様、依頼があったそうだ。スバルによると、これまでの定説では、魔力をふんだんに含んだ薬草や木の実などが豊作になると、魔物の生息地とされる場所での魔物の出現率は下がっていた。バジリスクが現れた時もそうだったらしい。けれど現在エウレア地方では嘗て無いほど魔力を含んだ薬草や木の実が豊作なのにも係わらず、魔物の出現率は上がる一方なのだそうだ。


「その件についてはお誂え向きに王都に留まっている私が調べることにさせてもらったんだ。領地を護る騎士の立場でありながら、学園へ通う自由を認めてくださっている父上に少しでもお返しがしたいからね。」

「さすがスバルね!しっかり領地を思う騎士の心構えがあるなんて。わたしならきっと借りを作りっぱなしは嫌だから・とか考えそうだわ。」


 なんだか損得で考えるのが普通になりすぎてて、ちょっとスバルの心掛けが眩しい‥‥。


「それに私が調査に行くことによって、セレネの商会ところの安全も確保できるなら、セレネの大好きな一石二鳥だしね。」


 しかも見透かされてるし!いや、全然正解だけどね。


「ちょっと気になってることがあるんだけど‥‥。気のせいかもしれないけど商会ギルドや冒険者ギルドの情報で、王都近郊で実際に襲われているのが商隊だけって報告があるの。5日後に、わたしが文化体育発表会用に依頼した品の特別便が、最近被害のあったエウレアからカヒナシへ抜けるルートを通って来るんだけど、もし何かあったらわたしのせいだよね、なんて気になっちゃって。」

「あぁ、成る程‥‥なら、その日に合わせて私がカヒナシ郊外まで様子見に行こうか?どのみちうちの領地エウレアと接しているあの辺の調査と偵察も兼ねて、近々行ってみるつもりだったから。あの辺は特に最近、魔物の動きが活発になってるなんて噂があるよね。3日くらいあれば冒険者ギルドに依頼を出してある程度護衛になる戦闘冒険者も集められるだろうし。カヒナシ郊外なら放課後出発して、向こうの領地で一泊、それから向かえば商隊が問題の地域に辿り着くのに間に合うから学園を休まなくても何とかなりそうだし。」


 スバルがそう言って、わたしが口ごもった本当に僅かの間に、何故か姿の見えない護衛の代わりに緋色の小ネズミ3匹が凄い勢いでピャッとわたしの前に整列して、物言いたげにじぃぃっとこちらを見てる‥‥。

 そうね‥‥――まさか当日朝一番で走り出したら間に合うなんて言えないわね。しかも、言うなよって圧も扉の向こうから感じるわ。


「スバルにまで手を貸して貰えるだなんて、なんて心強いの!けど無理は絶対にしないでね。」


 にこやかにそう答えるしかないじゃない。

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