第17話 護衛として申し分ない2人を、わたしは主人として護りたい。

 ちなみに、卒業後の進路は王城勤務を推奨されるらしい。ナニソノ勝ち組レール。魅力は無いから全力でお断りするけど。いや、王城の会計辺りから有望株を引き抜く腰掛けに出来るなら有りだけど、きっと『勤務』って云うのは建前上の言葉で、実質は『囲い込み』なんだろう。良くて住み込み勤務、悪くて軟禁・拘束ってところよね。


 ふんっ、と口元にあてた握り拳の影で軽く鼻息を立てると、わたしが色々察したことに気付いたハディスが苦笑する。


「全力でお断りしますよ?無理なら逃げます。戦います。」

「だから今すぐとは言っていないでしょー?」


 大げさに焦った様に腕を振り回す身振り付きでこちらを振り向いたハディスは、もちろんわたしが今真剣に戦闘態勢を取ろうとはしていないことなんて分かってるんだろう。

 まぁそうだ。わたしも今ここで正面切って戦ってハディスに勝てないことは分かってるつもりだし。やるならオルフェもこちらの戦力に入れてちゃんと考えてやらないと。


「だからなんですぐに不穏な事を考えるのかな?」

「何でわかるんですか!?」

「分かるよ、顔に出てるし。僕、そのくらいには君の事見てるからね?」


 もぉー、などと嘆かわしいと言わんばかりに両手で顔を覆ったハディスには、やっぱり余裕はあるわけで。色々敵わないのはちょっと腹立たしいけど、わたしはまだまだ経験の足りない学園生でしかない。だからその範囲での最善を取ろう。


「約束してください。貴方達はわたしの護衛です。貴方達のやる事、身の安全の責任はわたしが取ります。なので、絶対にわたしを差し置いて厄介ごとに首を突っ込まないでください。やるなら一言言ってください。無理に止めないくらいには貴方たちを信頼しています。」


 悔しいことに、わたしに出来得る、彼らを護衛として傍に置く最低限のラインはそんなところだろう。何せわたしよりずっと人生経験のある彼等だから、最善を指示する主人にはなれそうもないし。


「信頼してくれるんだ。」


 ぽつりと呟いたハディスはどこか拍子抜けしたような、ぽかんとした表情でわたしを見詰めた。


「ハディス様も、オルフェも同じように信頼してますよ。」


 ハディスは、分かってはいたけど監視を命じる主も在りつつの、わたしの護衛で、けど護ることから手を抜く気は無いみたいだし、オルフェンズは興味本位で助けてくれているだけで、何の契約もない押し掛け護衛だけれど、彼の意志でわたしを護ってくれる貴重な人だ。在り様は違うけど護衛として申し分ない2人を、わたしは主人として護りたい。


 オルフェンズがくつりと笑いを漏らす。


「なんだよ」


 どこか不貞腐れた声音で背後を振り返ったハディスの表情は見えない。


「いえ、赤いのの思惑と若干の認識のズレがことほか面白くて。――同列ですね、私と。」

「ふん。」


 何だかよく分からないけど、また2人で張り合っているらしい。


「あら、一緒じゃないわよ。ハディスはやっぱり得体が知れないけど、オルフェは色々超越しすぎて測れない事がはっきりしてるもの。むしろオルフェの方が安心できる?」


 うーんと考えながら呟くと、今度はオルフェンズがどこか拍子抜けしたような、ぽかんとした表情でわたしを見詰め、ハディスはわたしを振り返ると見る見る悲壮な表情に変わった。


「それってどうなのぉー!?」

「安心など、初めて言われましたよ。やはり桜の君、貴女はおもしろい‥‥。」

「まぁ、これからもよろしくってことよ。」


 さぁ、夕食の続きよ、とわたしは背後から響くハディスのわざとらしい悲鳴にクスクス笑い声を漏らしながら館内へ戻った。




 翌朝の学園では、いつも通りユリアン・レパード男爵令嬢がわたしに駆け寄って来た。


「ちょっと!今日もまた貴女ばっかり、綺麗な護衛を侍らせて羨まし‥‥浮ついた下品な人ね!」

「出来た護衛だもの、羨ましいでしょ?」

「んなっ‥‥ナニ開き直ってんのよぉぉぉっっ!!」


 きいいっとハンカチを噛むユリアンはいつも通りだ。けれど今日はちょっと違った。


「みっともないからお止めなさいよ。」

「煩いわね!メリリアンっ!ちょっとはあたしの好きにさせなさいよぉぉ。」


 メリリアン・ジアルフィー子爵令嬢がユリアンの抑止に一役買いだしたみたいね。にしても、それならカインザはどうなったのよ?あ、いた。

 少し離れた校舎の中から隠れるようにこちらを伺っているツンツン頭のガタイの良い令息。確かあれが騎士団団長令息カインザ・ホーマーズだ。じっと見ていると目が合い、ギクリと肩を撥ねさせた。失礼な奴め。なので、おもむろに手招きしてみせると、それに気付いた目の前のご令嬢2人の視線も集めたカインザは一瞬苦々しい表情をしながらも、しぶしぶといった様子でこちらに向かって来た。

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