第12話 今ほどユリアンの強メンタルが羨ましいと思ったことないわ。

 翌朝の学園。わたしはうんうん悩みながらの登校となった。

 前日、王都中央神殿へ行って調査した結果、見付けた史実の穴と言うか、事実と異なる違和感のある箇所があったのだけれど、素直にそれを追及して行くには、イマイチ気が乗らない‥‥。


 自説の裏付けを取ろうとするなら掘り下げるべきは『かぐや姫にかしずく5人の人間が「仏の御石の鉢」「蓬萊の玉の枝」「火鼠の裘」「龍の頸の珠」「燕の子安貝」と共に激しさを増す人間と異形との争いの中に現れる』箇所だ。


 けれど、わたしが一番引っ掛かったのは『実際よりもずっと大きく表現された月』と『表現されていない王都を取り囲む山脈』だ。けれど、こっちはどれだけ掘り下げても『かぐや姫と5人の貴公子、引き裂かれた帝の恋心と愛憎渦巻く建国期』につながる気がしない。


「困ったわね。月の大きさを追及して愛憎劇に繋がれば一番良いんだけど。」

「ぶふっ。」


 大真面目に呟いたわたしの隣では、赤髪護衛が遠慮なく噴き出している。


「もぉ、失礼な護衛ね!わたしは真っっ剣に見る人皆の感嘆を得つつ度肝を抜く様な発表をしたくて頑張ってるんだからね!!」


 そうよ!素性を探るとヤバそうなハディスの妻やら妾やらの仮定の話に浮足立ってる場合じゃなくて、しっかり地に足をつけた「入り婿になってうちのバンブリア商会を一緒に盛り立ててくれる人」を捕まえるために、学園最後の文化体育発表会で目を引かなきゃいけないのよ!ミワロマイレが、ハディスの年齢の話から飛躍してなんだかんだ言ってくれたおかげでちょっと混乱したけど、条件外の男の人に拘(かかずら)っている余裕なんてないわ!

 ふんっと握りこぶしを作って決意したわたしに、オルフェンズが背後からそっと近付いて耳元でひっそりと声を発する。


「桜の君、ではこんな考え方をしてはどうでしょう。かぐや姫に5人もの貴公子が想いを寄せ、稀有な力や宝物を捧げたとしたなら、彼らは彼女の何にそこまでの価値を見出したのでしょう?」

「えっと‥‥価値っていうか、何を好きになったかって事よね。」


 相変わらず心地良く響くテノールに、気持ちが少し落ち着いたわたしは、オルフェンズに問われるまま、答えを考えてみることにした。


「そうね、光り輝くような美貌は良く描かれているわね。」

「見た目が美しいだけの女など、掃いて捨てるほど居ますよ。しかも年頃の女性ならば幾らでも装いで美しくなれるでしょうねぇ。」


 うん、確かに化粧メイクを始めると女の子は本当にがらっと変わる。ましてや、貴族令嬢なんて幼い頃から磨きに磨かれている上に、装いも一流となるから、きれいな娘は確かに多い。


「なら、異形との戦いで形勢をひっくり返せるくらいの凄い力かしら。」

「力や魔力が目当てなら、何も傅いてまで共にあろうとはしないでしょう。旗印か、兵器として利用してしまえば良いだけですから。」


 利用って‥‥オルフェンズ、なかなか身も蓋も無いことを言うわね。けど確かにそうね。となると、人を魅力的たらしめる特徴って‥‥――あ!


「だとしたら、すごい発想力や智慧ちえを持っていたとかかしら!」


 思い付いたー!と、ポンと手を打って元気に答えると、ようやく及第点が取れたのか、アイスブルーの瞳が柔らかく細められ、口元が柔らかく弧を描く。


「それら全てなら既に桜の君がお持ちですね。」

「ふ・へぇっっ!??」


 ぼふんと音を立てるように、頭全体に熱が昇る。

 なんて云う殺し文句‥‥!!いや、暗殺者だけどっ!そんなテクニックまで持ち合わせてるの!?オルフェっっ!!


「けれど私が桜の君に付き従うのには他にも理由があるのですよ。赤いのにしても‥‥。既に継承者2人を従えている貴女なら、5人の貴公子が彼女にかしずいた理由が分かるかもしれませんよ。」


 なんて、なんて、なんて!!なんてこと言うの!!それじゃあ、オルフェンズとハディスがわたしにかしずいている立ち位置にいるみたいに取れちゃうんだけどっ!?




「ちょっと!今日もまた貴女ばっかり、綺麗な護衛を侍らせて羨まし‥‥浮ついた下品な人ね!」


 もはや学園入り口前での朝の恒例行事となりつつあるユリアンの襲撃。いつもならば余裕をもって「ごきげんよう。」と笑顔すら浮かべていたはずなのに、わたしの胸中はオルフェンズの言葉を受けて未だ大嵐の混乱状態だ。綺麗な護衛なんて言われたら、その美丈夫たちにかしずかれているわたしって何様よ!?なんて大したことない自分を振り返って訪れる自己嫌悪のどん底闇と、文句なく格好良いハディスとオルフェンズに付き従われている事実に有頂天のお花畑とを行き来する情緒不安定の出来上がりだ。

 混乱のあまり目の前のユリアンを無言で凝視したわたしに、何か異変を感じ取ったのだろう。


「な、ち‥‥ちょっと、何か言いなさいよっ!‥‥ちょっと?あなた変よ?」


 微かにたじろぐユリアンを、わたしはじっと見詰める。

 ユリアンは魅了を使ってではあるけれど、能力や容姿、家柄が有望と思った相手は何人でも自分の取り巻きにして付き従えて、けれど飽くことなく更に高品位の男性を狙って行けるとんでもないガッツの持ち主だった。


「‥‥今ほど貴女の強メンタルが羨ましいと思ったことないわ。」

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