第11話 んん?この光景、どこかで見たような。

 王都中央神殿には古文書や遺物が意外に豊富で、思った以上の資料を目にすることが出来た。ミワロマイレによると、王国では王城に次ぐ多さらしい。


 けれど、分からない事も増えてしまった。「光り輝く大地」と「苦悩を示す姿の男」こと真っ黒のシルエットの人物だ。大神殿主のミワロマイレなら、何かもっと詳しい情報を持っているのかな?と、聞こうとしたところに、年齢の話題から発端した護衛ズの殺気放出で、わたし達はさっさと神殿を立ち去ることになった。今更戻って、分からないところがあるんですけどぉ、とは聞き辛い‥‥。

 なので、取り敢えずは集めた資料を見直し、仮説を立ててまとめる。締め切りは決まっていて、使える時間も限られているし、他にも歌劇の衣装準備だとか、やるべきことは沢山あるから悩んで立ち止まっている間は無い。


「うんっ、がんばるぞぉー!」

「わっ!びっくりしたぁー。」


 急に握りこぶしを握って両腕を振り上げたわたしに、隣を歩いていたハディスが、びくりと肩を撥ねさせた。いや、だから護衛って普通は隣に並んで歩いたりしないよね?そもそも、ちゃんとした護衛でもないし、聞いてはいけない肩書があるんだろうし――敢えて聞かないけど。

 それでも、身分は考えないようにしたとしても、妻とか妾なんて会話をされるとやっぱり常に一緒にいて護られてる身としては意識してしまうわけで。


 ふと、いつもハディスの顔が位置する角度、方向へ顔を向けると、思った通りハディスのちょっと下がり気味の目としっかり視線がぶつかった。並んで立つこの位置関係にも随分慣れてしまったみたいだ。黒に近い深紅の瞳がいつもよりも紅くきらりと光っていると思ったら、低い位置から昇り始めた月が彼の瞳を照らして、いつもよりも鮮やかな色彩を創り出しているみたいだった。


「ハディス様は王家にゆかりのある名家めいかの出なんですよね。」

「――え。」


 するりと口から零れた言葉に、ハディスは是とも否とも答えないけど、ただ戸惑った表情をした。

 まぁ、言ってくれなくてもある程度は分かっているけどね。だから、これは答えを期待して言ったんじゃなくて、自分にしっかりと自覚を促すためだ。

 ハディスは、わたしの望む結婚相手の条件に当て嵌まることのない人だと。


「それに神器の継承者だなんて、ただの商会令嬢のわたしと違って本当に凄い人ですよね!」


 努めて明るく言いながら笑顔を向ける。


「オルフェも、素敵な魔法を持っている凄い人で‥‥わたしに付いていてくれるのが、本当に信じられないような事なんです。だからわたしは2人が居てくれるこのいつまで続くか分からない時間を、ちょっとでも大事に過ごしたいと思うの。」


 背後に連なって歩いているはずのオルフェンズを振り返ると、丁度遠くに見える山の頂から昇った青白い月が彼の背後に重なって、束ねずに背中へ流したままの艶やかな銀髪が、光を受けていつもより幻想的にキラキラと輝いていた。


 綺麗‥‥んん?この光景、どこかで見たような。つい最近?ううん、ついさっきじゃない!


 脳裏に蘇ったのは、ちょっと前に王都中央神殿の資料やレリーフで見た、かぐや姫と月を現した意匠。大きく丸い月を背景に、長い髪をさらりと流した綺麗な女性が佇む、多数の資料に残される代表的な意匠だ。よく似てるわ。オルフェンズが美人さんだっていうのもあるけど‥‥けど、ちょっと待って?


「どうしました、私の顔に何か付いていますか?」

「えぇ、整った目鼻口が丁度良く付いてるわ‥――いいえ、そうじゃなくって。」

「セレネ嬢?」

「ちょっと黙って。集中させて。」


 もう少しで引っ掛かりの正体が掴めそうなのに出てこない。記憶の糸を辿りながら、違和感の正体を探る中で聞こえてきたハディスの声に少し雑な返しをしてしまった。「ひどい、僕ばっかり‥‥。」なんてわざとらしく悲痛な声を出しているけど、今はそれに構っている余裕は無い。


 もう一度、確認するように背後を振り返れば、月光を背景に、彼自身の銀髪が発光している様にさえ見える神々しいまでの美しさのオルフェンズがそこに居て、薄い笑みを浮かべている。あの意匠にとてもよく似ている‥‥けど。


「わかったわ!」


 絵画のような美しさだからこそ、目に入る美麗な景色の違いがふいに見えた。


「月の大きさが違うのよ!昔の絵やレリーフの月は、今実際に見えている物よりも、どれもがやたら大きく表現されているの!」


 大きすぎる月は、月を神聖視するあまりの誇張表現なのか、実際に大きかったのかは分からないけれど。

 そして、低い場所にあるうちは、この王国の中央をぐるりと取り囲むようにそびえ立つ俊嶺しゅんれいに隠れるはずなのに、そんな目立つ山々も描かれていない。


「この国が舞台であるはすなのに、景色の描写が色々おかしいのよ。新発見だわ!」


 まぁ、偉い学者たちはとうに分かっていたかもしれないけど、少なくとも学園の資料や講義では、知ることは出来なかった内容だ。発表用にまとめられるかもしれない。


「けど、わたしの書きたい『かぐや姫と5人の貴公子、引き裂かれた帝の恋心と愛憎渦巻く建国期』につながる発見が無いじゃない――!」


 ワクワクした気持ちとはうってかわり、ふと気付いた事実に頭を抱えたわたしだった。

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