第10話 伝説の大魔導士だもんね。もう何も驚くまい‥‥。

 王都中央神殿にまだ一歩も踏み入れていない大扉前でのひと悶着で、この訪問はどうなってしまうんだろうと不安になったりもしたけど、なんとか無事調査を始められた。


「何なんだいお前は、継承者だろう?それが何であんな小娘の護衛の真似事などやっているんだい。それにその赤髪‥‥見たことがあるぞ!お前‥‥いや。」

「余計な詮索はしないでくれないかなぁー?僕のことを知っているんなら尚のことねぇ。」


 結局わたしたちは大神殿主ミワロマイレに神殿内のレリーフや壁画を案内してもらい、更に今は古文書や遺物を見せてもらっている。ただの学生への対応にしては破格の待遇なのは、偏に神殿司であるギリムの口添えあってのことだ。同じグループになって本当に助かったと有難みを噛み締めつつ資料群と向き合っているけれど‥‥。


「それにその隣のお前も、ただの護衛じゃないんだろう?何だかおかしな気配がするけど‥‥この赤髪の男を坊や呼ばわりするお前は何者なんだい?」

「桜の君のただの心棒者ですよ。」

「あーそれ!ホント失礼だよ。僕はそんな子供扱いされる年じゃないんだけどぉ!?」


 背後にぴったりくっついているお兄さんズがうるさい!

 ただでさえ読みにくい古文書とにらめっこしているのに、背後のざわざわで書いてある文字が頭に入らずに上滑りして行っちゃうじゃない。しかもハディスの年齢とか、ちょっと気になる話題になってるし!


「小娘、手が止まっているぞ?貴重な資料を見る折角の機会を無駄にするつもりかい?」


 こっちのこともしっかり観察してるし、くやしぃぃ!集中集中!

 幸いにして、この国の古文書は現代の文字とは大きくは異ならない為、わたしでも何とか読み取ることは出来る。けれど、書かれている内容はやっぱり一般に知られている物語と大差ない気がする。次々に古文書や遺物を見てはノートに読み取った内容と、気付いた内容をどんどん書き込んで行く。手を動かすうちに、あれだけ気になっていたお兄さんズの存在が意識から消え去り、わたしは資料と考察の世界に没頭していった。



 古代、フージュ王国建国前の描写では、何れの資料でも数多くの異形の存在が強調されている。禍々しい生き物が文字や絵、レリーフの形で示され、それに立ち向かう武装した人間も併せて表現されている。多くの人々が異形のモノに弑された様子も読み取れる。女神が現れる前の世界、魔物と人間との間では、大軍を組織して対抗しなければならないほどの激しい争い繰り広げられていた様だ。


 それから混沌の中から抜き出るように、ひとりの光り輝く髪の長い女性が表され、やがて武装した人間の一人と手に手を取り合って、異形の生き物と対峙している様子に代わる。長髪の光り輝く女性はかぐや姫を示すのだろう。そして、かぐや姫にかしずく5人の人間が「仏の御石の鉢」「蓬萊の玉の枝」「火鼠の裘」「龍の頸の珠」「燕の子安貝」と共に現れて、人間と異形との争いが激しさを増し‥‥―――そして最後に表されるのは、ほぼどの資料も同じで「光り輝く大地」と「苦悩を示す姿の男」そして「月に昇る女神」。


「光り輝く大地」は天空に輝く大きな光の玉で表現されていたり、地面に山を成す光の塊として表現されたりとまちまちだ。文字では「 かがやく いちじんの こうぼうが ふりそそいだ 」と書かれていたりする。


「苦悩を示す男」は大抵が真っ黒のシルエットで示されて、女神に背を向ける形で表現される。これが「帝にその存在を恨まれたかぐや姫」と解釈されているのかな?その2つの人物の周りには5つの神器を掲げる人間が描かれているものもある。これなら、帝が5人の貴公子に焼きもちを焼いたって云うわたしの説も、あながち間違いとは言い切れないわよね。


 そして最後は決まって「月に昇る女神」。これはお伽噺でもお馴染みのラストシーンで、どの絵画も文章も筆致を尽くしての表現がされているし、レリーフにしてもひと際力を入れて作り込まれて、地上を救った女神への敬意が溢れている。


 おおよそ知っている通りの内容だけれど、曖昧ではっきりしないものが2つ印象に残った。

「光り輝く大地」と「苦悩を示す姿の男」こと真っ黒のシルエットの人物だ。大神殿主のミワロマイレなら、何かもっと詳しい情報を持っているのだろうか‥‥。


「喜べ、小娘!」

「っ、はい?」


 集中が途切れると同時に丁度名前を思い浮かべていた本人ミワロマイレに呼びかけられて、一気に思考の世界から現実に連れ戻される。


「20歳だそうだよ。」

「はい?」

「なんだい、聞いていなかったのかい?」


 物凄く不満そうな顰め面をされるけど、こっちはこっちで真剣に調べ物をしていた訳だし、集中していなかったら折角の機会を無駄にするつもりかと文句を言って来るし、理不尽だ。


「良い年齢の頃合いだと思うぞ。正妻は無理でも妾くらいになら――。」


 ミワロマイレが得意げに言いかけた瞬間、同時に2人分の刺す様な凄まじい圧―殺気が周囲に満ち、指先から首元まで一気に寒気と鳥肌が這い上がる。


「ひっ‥‥。」

「無駄口を叩く余裕があるのなら、治癒院や神殿業務に戻られてはいかがですか?僕たちはこれでお暇しますからー・ね?」


 無関係な位置にいたわたしでさえ硬直してしまうくらいの殺気だ。直接向けられたミワロマイレは更に恐ろしい思いをしたんだろう。ハディスの言葉に、蒼白になった顔を無言でコクコクと縦に動かしたのだった。


「ちなみにオルフェは何歳なんですか?」

「そうですねぇ、――肉体年齢なら20歳おなじくらいといったところでしょうか。」


 あぁ、うん。伝説の大魔導士だもんね。もう何も驚くまい‥‥。

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