第8話 ハディスはオルフェンズが絡むと余裕を無くして子供っぽくなるのね。

 文化体育発表会へ向けて着々と準備が進んで行く。

 学園各所で紙面発表課題の為、同グループで額を集めて熱心に協議する姿や、歌劇に使用する道具の準備に、出演者の練習風景が見られるようになった。


 そして、令息たちが足早に廊下を進んで行く。目的地は4年講義室だ。


「エクリプス先輩、いらっしゃいますか!」


 そしてその令息は多分に漏れず、戸口で元気に大声を発する。ほんのり頬を上気させて緊張した面持ちの令息は、少年らしくまだまだ筋肉のついていない華奢な体付きで、緊張を隠せない様子ながらもきらきらとした視線をさ迷わせて目的の人物を探している。


 教室最後尾にいつもの様に集まっていた一群の中央に居たバネッタが、楽し気な視線をこちらへ寄越す。今のわたしはと言うと、スバルと共に下級生令息たちにぐるりと取り囲まれた中だ。


「あぁ、ここに居る!君で丁度10人目だ。今日はここまでだな。中庭へ移動するから練習用の木剣を準備しておいで。」

「やった!ありがとうございます!!」


 その場で小さく跳ねた令息は、足取り軽く教室を出て行った。背後の廊下にもまだ数人令息が居たが「くっそぉー、一足遅かったかぁ。」「明日こそは‥‥。」などと呟きながら引き返して行く。


「エクリプス様、さすがですわね。」

「こんな時ばかり年下の令息にモテても嬉しくもなんともないよ。それに、もっと腕の立つ人間がすぐ近くにいることが分かっているのに。心苦しいな。」


 こちらに近付いて来て感嘆を洩らすバネッタに、スバルは居心地悪そうに、わたしの側の扉にチラチラ目を向けながら頭を掻く。間違いなく護衛ズの事を言っているのだろう。スバルの前でハディスやオルフェンズが剣を握った事は無いけど、わたしに従う姿だけでも判る人には分かるのかもしれない。


「スバルの凄さは爵位を賜るほどだもの。そりゃあ皆憧れるわよ!同じ学園内に居るなら教えて貰いたいって思うのも当然だわ。」


 歴史学発表の雑記資料をトンと机上で揃えて、かばんに詰めながら、スバルに笑顔を向けると「参ったなぁ」と苦笑が返ってくる。


「なんちゃって貴族の即席剣術教室で、私たちの建国期の調査が進まなくて申し訳ないのに、そんな応援することを言われたら惚れちゃうでしょ。」

「スバルはカッコいいもの!皆大好きに決まってるわ。だからみんなが集まってきちゃうのは仕方ないわよ。」


 令息達は発表の他、体術や剣術のトーナメントに向けての鍛練もしなければならない為大変だ。生粋の貴族令息ならば幼少期から鍛練していた者もいるだろうけど、なんちゃって貴族ではそうはいかない。けれど、文化体育発表会で成果を出したなら、学園卒業後に街を守る警邏隊や、王城や、各領地で雇われる衛兵、そして騎士への道も開かれる。だからこその、困ったときの身近な騎士スバル頼みとばかりに下級生が殺到している。

 本来令息たちに稽古をつけるべき教員たちは、卒業まで一年を切った上級生の腕前を少しでも底上げして就職に繋げてやろうと、そちらに掛かりきりになっているから、自然と腕のたつ上級生には下級生が教えを請いに集まる。


「それにギリムだって、王子に付いていたり歌劇の練習があったりで、調査の方に手が掛けられないのは一緒だもの。だからこそ『かぐや姫と5人の貴公子、引き裂かれた帝の恋心と愛憎渦巻く建国期』のまとめはわたしに任せてくれて大丈夫よ!」


 こんな風に、ちょっとした空き時間の30分でも時間を割いて話し合えるし、何より周囲の皆も同じ様に多忙の中、頑張っているんだからね!やれることはやる・よ。


「じゃあごめん、行ってくるね。」

「えぇ、行ってらっしゃい!」


 一括りにした長いはしばみ色の髪をなびかせながら、颯爽と講義室を出て行く後姿を見送っていると、静かにわたしのすぐ側の扉が開く。


「セレネ嬢、今日はどこへ行く?」


 護衛ズが顔を覗かせると、講義室のどこかから微かに「きゃぁっ」と令嬢の歓声が聞こえる。いつの間にか護衛ズにもファンが付いているみたいだ。まぁ、2人とも高スペックだから仕方ない――けどちょっとだけモヤる‥‥。


「図書室って言いたいところなんだけど、あそこにある本は殆ど目を通しちゃったのよね。もう少し建国期に関わる本や資料の揃ったところがあると良いんだけど‥‥王都中央神殿とかかしら。」


 以前ムルキャンを追って初めて足を踏み入れた王都中央神殿の見上げるほどの大扉には、女神の神話にまつわる情景のレリーフが施されていた。もしかすると、図書室とはまた異なった資料があるのかもしれない。


「中央神殿は、これまで献身的に働いてきた神殿司ギリムが抜けた穴を、大神殿主だいしんでんぬし禰宜ねぎたちが補うために頑張ってるみたいだよー。――セレネ嬢は‥‥大神殿主に会ったことがあるもんね‥‥もしかして、会いに行きたい?」

「ふっ‥‥。」


 少し声のトーンを落としたハディスに、オルフェンズが堪え切れない様子で、馬鹿にしたように鼻で笑う。

 え?何で?何で大神殿主のことが意味深な笑いに繋がるの?頭の中に「?」が飛び交うわたしにオルフェンズが薄い笑みを向ける。


「赤いのは大人ぶったフリをしながら、中身はその辺を落ち着きなく駆けずり回っている小ネズミどもと同じなんですよ。」

「ハディス様は大神殿主があまり得意じゃないのかしら。なら無理は言えないわね。オルフェ、2人で――」

「僕も行く!」

「ふっ‥‥。」


 微かに頬を赤らめたハディスが何だかムキになって言葉を被せて来たから「ハディスはオルフェンズが絡むと余裕を無くして子供っぽくなるのね。」と笑ったら、益々口元をもごもごさせて貴族らしさの欠片もない、何とも言えない表情になっていた。

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