第3話 それ以上追及する勇気は、今のわたしにはまだ無いかもしれない。

 ここ数日で少しだけ慣れた3人での登校。

 いつも通り、王城敷地と街とを隔てる城壁に設けられた、王立貴族学園へと繋がる大門前で馬車を降りて歩き出すと、すぐに少し進んだ先に馬車が止まって、どこかのご令息が降りてくる。ヘリオスがいたらオルフェンズの魔力で隠れるのだけれど、この状態で隠れたのでは学園前に生徒と無関係な青年2人がうろついている不審者案件になってしまう為、仕方なく令息の相手をする。


「おはようございます!バンブリア生徒会長。私□□男爵家□男の□□と申します。宜しければ学園前まで同乗致しませんか?」

「おはようございます。さわやかな挨拶と、他人を思いやる心掛けはとても素晴らしいですね。生徒会長として嬉しく思います。その心掛けは是非とも他の皆様にも向けてくださいね。」


 にっこり。そして、それ以上話しかけるな!と云う「圧」が出るように念じる。むーん!


「いえいえ、生徒会長‥‥――ひっ。」


 ぞわり

 背筋を壮絶な寒気が伝って、振り返るけれど、イイ笑顔の護衛ズが立っているだけだ。「失礼いたしました――――!!」と裏返った声で叫びながら、令息は馬車へ戻って行った。


「今度こそ、わたしの力ですよね!?」

「桜の君の清廉さに、害虫も身の程を弁えて消えたのでしょうね。」

「うん、そうだねー。けど上目遣いで睨むのは止めようか?」


 周囲の、わたし達と同じように歩く低位貴族達の「またか」と云う視線を受けながら学園へ足を進めたのだった。




 登校中のわたしに馬車を勧めてくれる親切なご令息は、わたしの説得が功を奏しているのか、2日と続けては声を掛けてこない。けれど、たった一人飽きもせず、毎日のように同じ場所で声を掛けて来る者が居る。


「現れたわね!悪徳生徒会長!!今日も羨まし‥‥綺麗な護衛を侍らせて、ずるい‥‥浮ついた下品な人ね!」


 愛らしい高く響く甘い声でとんでもない事を叫びながら近付いて来る人物に、うんざりしながら振り返る。するとやっぱりそこには、大振りなリボンでハーフアップにまとめている赤みがかった金髪を、ふわふわ揺らし、眉を吊り上げた険しい表情で、薄紫の瞳をギラつかせてわたしを睨み付けている、不本意ながら見慣れてしまった女豹ユリアンが居た。


「ごきげんよう、レパード男爵令嬢。毎朝決まった時間での登校、感心ですわ。」


 に――っこりと、顔が引き攣らない様に細心の注意をしながらほほ笑む。


「あったりまえじゃない!あたしの眼を盗んでまたイイ男が増えてたらずるい‥‥けしからんじゃない!ちゃんとあたしがチェック‥‥監視してあげてんのよっ。」


 なんで自慢げにそんなこと言ってるのかな?わたしはとっかえひっかえ新しい色男を同伴する好色令嬢だとでも‥‥?そして、どこかの令息がちらりと声を掛ける素振りを見せただけでも、大げさなくらい敏感に妨害に動くうちの護衛――相変わらずユリアンやご令嬢が相手の時は無反応だわ。職務怠慢よっ。


「ハディス様?オルフェ?」

「守るだけが保護者の仕事じゃないからねー。心を鬼にして、敢えて成長を見守るのも大切なんだよ。がんばれー。」


 にっこりとハディスが笑い、オルフェは薄い笑みをただ浮かべる。保護者って‥‥そこまでの年齢じゃないでしょうに。もぉ。いや、正確には何歳か知らないけどさ。


「わたしの護衛は変わる予定もなければ、変えるつもりもありません。彼らは本当に凄い人で、信頼に値する力があると、わたしは認めていますから。」

「何よソレ。家名は?お家の爵位は?資産は?顔がいいのは分かってるけど、世話しなきゃいけない親族がいたりとかは?」


 ユリアン‥‥完全に結婚相手として、護衛ズのスペックを確認してくるわね。そして、わたしが答えると思っているのか、ギラギラした視線をわたしに向けて来る。


「答えないわよ。家名?爵位?資産?家族?―――んん?」


 ちょっと待って、信頼しているって言い切っておいてなんだけど、この2人の事はどれも知らないわ!?何てことっ!今更そんなことに気付くなんて――!


 愕然として再び背後に立つ護衛ズを振り返ると、確かに種類の異なる男前な2人。けどわたしが知っているのは、ハディスが火鼠の裘の継承者で、やんごとなき身分なんじゃないかなぁ?って事で、オルフェンズが蓬萊の玉の枝の継承者で、伝説の大魔法使いみたいなとんでもない人だって事だ。うん、知らなすぎる。


「もぉ、けちんぼね!良いわよ、あんたよりもずっとイイ男を捕まえるんだからっ。けどまずはカインザさまぁ―――!!」


 玄関前ロータリーに到着したばかりの1台の馬車に駆け寄って行くユリアン。どうやら馬車で見分けられる程度には、カインザの事は分かっているらしい。そしてまだ彼とのつながりはキープしたい様だ。


「やっと朝の恒例行事ルーティーンが終わったねー。」

「いや、毎朝はほんと勘弁して欲しいんだけど。」


 けど今は、ユリアン襲撃によるダメージよりも、もっと大きな衝撃が残っている。


「それでね、気付いたんだけどわたし、2人の名前を知らないわ。フルネーム‥‥嫌じゃなかったら教えて欲しいわ。さっき言った通り信頼してはいるんだけど、何も知らなかったことがちょっと、自分でもびっくりって言うか‥‥。」

「あーあ、気付いちゃったかー。」


 悪戯っぽく笑うハディスが、困った様に眉根を下げてわたしをじっと見る。騙そうとか、誤魔化そうとするズルい表情はそこにはない。


「えーっとね、僕の名前は聞かない方が心臓に優しいと思うよ?」

「私の名前を桜の君に告げるのはやぶさかではないのですが、古すぎる記憶ですので忘れてしまいました。」


 2人とも、何だか不穏な言葉で濁してきたんだけど‥‥それ以上追及する勇気は、今のわたしにはまだ無いかもしれない。

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