第4話 大人しく護衛されていよう。

 フルネームも良く知らないのに信頼だけはしている護衛ばかり2人も連れたわたしは、いつも通りの講義室へ向かう。けれど、どこか足取りは重い。さっきのユリアンとの会話で気付いてしまった事実に、改めてショックをうけているからだ。


 申し訳なさ過ぎて、ハディスとオルフェンズの顔がまともに見れないよ。

 はぁー‥‥と、深いため息を吐きながら講義室の扉に手を掛ける。


「どうしたの?セレネ嬢。さっきかららしくないねー?」

「今日は私が室内も付き添いますか?」


 護衛ズの気遣いが身に染みる。優しい言葉が、今は棘になってわたしにチクチク突き刺さる。その位には反省している。だって、わたし「信頼してる」なんて言いながら、2人の事は名前すら知らなかったんだもの。と云う事は、それは信頼なんかじゃなくて、わたしが一方的に彼らを使い勝手のいい道具のように利用するだけで、彼らの事を思い遣る気持ちなんて無い、独善的な甘えだったのかもしれないじゃない。


「2人も大概護衛らしくないけど、わたしも護られる主人として失格ね。」


 しょんぼりだよ。

「んー。」と思案する様子でハディスがわたしの頭の上に手を置き、優しい手付きでぽんぽんと撫でる。


「あのさ、セレネ嬢。君は護られる主人として失格なんて言っているけど、根本的なところが間違っているんだからね。僕たちは、君を何かから護るための護衛じゃあなくて、何かしでかすことを防ぐ為の護衛なんだよ。だから、絶対に失格なんかじゃない。君は主人としての役割を充分すぎるほどしっかりと全うしているから。」


 神妙な面持ちのハディスが、わたしをじっと見詰めながら言う。


「ハディス様‥‥。」


 じぃぃぃぃ‥‥と、わたしも黒に近い深紅の瞳を見つめる。――いや。ちょっと待て。


「それって、わたしのこと滅茶苦茶貶してませんかねぇ?言い方を変えたらわたしが、充分過ぎるほど何かを仕出かしているってことですよね!?」

「僕は事実を言ったまでだよー。家族ヘリオスが『規格外のお姉さま』って言う君の評価は、伊達じゃないよね。」

「ですから懇願されても今更お側を離れる気はありませんよ?」


 護衛ズの表情は明るい。っていうか、わたし護衛対象じゃなくて珍獣・猛獣扱いじゃない?!だったら彼らの役目は猛獣使いね。楽しみながら、ほどほどに制御するのが仕事、みたいな。


「うん。心配して損したわ。じゃあ、行ってきます。」

「行ってらっしゃい。今日は大人しくしていられるかなー。」

「側に控えて構わなければ、何時でも仰ってください。まぁ、勝手に――ということも、無いわけではありませんけど。」


 1人は作り上げた貴族の笑みで、もう1人は心の内を窺わせないひんやりした笑みでわたしを見送る。

 うん、うちの護衛ズはやっぱり曲者だわ。わたしみたいな只の商会令嬢の、ささやかな気遣い程度でのねぎらいや、癒しで満足させられる相手じゃなかった。大人しく護衛されていよう。


 なんだかスッキリした晴れ晴れした気持ちで、わたしは曲者2人と別れて講義室の扉を開けた。




 いつものわたしの定位置である最前列の席の隣には、既にスバルが着席していた。ここまではいつもの光景なのだけれど‥‥。


「ごきげんよう、スバル様。と、マイアロフ様?」

「あぁ、ごきげんよう。セレネ。」

「あからさまに不審そうな顔をしないでもらいたいな。バンブリア嬢。――おはよう。」


 いやだって、堂々と会話しているというよりも、何だか割と近い距離でひそひそ話してる雰囲気だったんだもの。色々勘ぐっちゃうわよ?


「ちょっとだけ意外な組み合わせで驚いただけです。放課後の街歩きなら、デートでない限りご一緒したいです。」

「馬鹿が。朝から何の寝言を言っている。そして誰と誰の事だ。エクリプス嬢には話を聞いていただけだ。」

「そう、私がバジリスクを討伐した時の話をね。」


 なんだ。武勇伝を語るにしては、もっと密やかな会話っぽい感じだったんだけど勘違いか。


「なるほどー。魔物討伐の話に興味があるなんて、マイアロフ様も見た目に似合わず意外と男子らしいところがあるんですね。」

「馬鹿か‥‥?」


 思いっきり目を眇められ、同時に側の扉の向こうから殺気が飛んできた。


「ぐっ。」

「っ!セレネ、君の護衛物騒すぎ‥‥。」


 咄嗟に腰に手をやったスバルは、きっと剣を差していたならそのつかに手を掛けていただろう。

 ごめん、わたしの手には負えない護衛なんだよねー。取り敢えず「てへっ」と笑って誤魔化したら、ギリムには苦々しい顔をされた。


「で?マイアロフ様はスバル様の凄さが分かりましたか?」


 どやぁ!と胸を反らすとギリムが「ば」の形に口を開きかけ、ぐ・と言葉を飲み込んだ。すると、スバルが苦笑しながら口を開いた。


「バジリスクが現れた時の気候とか、魔物の出現率の変化とか、その頃の状況を話していたんだよ。」

「神殿の参拝者が増えている。魔物を見ることが増えたと。俺の気のせいならいいが、この間の公爵領の事もあって、どうにも引っかかる。」


 意外と深刻な話だったみたいね。ちょっと残念。

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