第3章 文化体育発表会編
第1話 今、頭上に浮かぶ『月』 ※エウレア地方の神官視点
大森林では動物が魔力を帯び過ぎて変化する『魔物』が、つい数年前まで大量に発生していた程に自然発生的な魔力が貯まる場所の様で、質の良い魔法薬の精製に欠かせない魔力を含んだ希少な薬草や木の実が採れる。
ここフージュ王国辺境の地『エウレア』は、王都へ行くには
その村は、ほんの数年前まで常に大森林から現れる魔物の脅威にさらされていた。それ故、魔物の牙にかかり家族を失う者が後を絶たず、親を亡くした子供を養育する為に神殿に併設する形で孤児院が作られていた。しかしながらこの地方の領主一族が定期的に大掛かりな魔物の討伐を行うようになってからと言う物、大きな魔物の被害は聞かれなくなり、この5年近くもの間は平穏が続いている。つい数か月前も掃討戦を行ったばかりだから、この先5年はまた安泰だろうと誰もが信じている。
その領主一族の中でも、5年前に突如として現れた森の主が変化したと思われる石化の魔術を放つ大蛇型の魔物『バジリスク』を、歴戦の兵士が苦戦する中、10歳になったばかりのスバル・エクリプスが巧みに魔術を回避してついには討伐を成功に導き、その功績から騎士爵を得たことから、今ではすっかり『女騎士スバル』は少年少女の憧れの的だ。
孤児院で養育する子供たちは、12歳になると神殿を出て生計を立てる事になっている。その為に、力の弱い子供でも出来る仕事で、尚且つ自身の体調が優れない際も薬として使用することの出来る薬草や木の実の採集作業を教える事にしていた。
ところが、いつもならなかなか見付からない薬草たちが、今回はあちらにもこちらにも生っており、興奮した子供たちが時間を忘れ、もっと採りたいと頑張りすぎた結果、このように遅い時刻の岐路となってしまったのだ。
道の暗さを紛らわせるように、子供たちは努めて明るい声でおしゃべりをする。月明かりの下、話題は月へと昇った『かぐや姫』の物語になった。
「ねえ、神官さま。女神さまは帝とケンカして月へ家出しちゃったのかなぁ?きっと帝は女神さまが大好きなのに、他の5人もの男の人からプレゼントをもらっちゃったからケンカになっちゃったんだよね。ごめんなさいして仲直りできたらいいのにね。プレゼントを返さなきゃ帝はヤキモチを焼いたままなのかなぁ。返したらいいのかなぁ?」
「でもプレゼントには女神様を助ける凄い力があって、まだこの国や地上を護ってくれているんだよ。」
少女の可愛らしい疑問に、神官は穏やかに微笑みながら言葉を返す。
「じゃあ、義理じゃなくて本命プレゼントだったんだね。」
「‥‥そんな言葉、どこで覚えたのかな?」
「えーっとねぇ、スバル様のお友達で、如月の14の日にチョコレートを持ってきてくれた、ピンク色の髪のお姉ちゃん!わたしたちが受け取ったチョコは、スバル様から皆大好きって気持ちの籠った本命チョコで、義理のじゃないんだよーって。」
あぁ、あの時か――と神官は思わず遠い目になる。いつも各地の孤児院を慰問しているスバルが、エウレア地方の魔物討伐兵団に加わった為、慰問に時間を取れないスバルの代わりにと、親友の男爵令嬢が子供たちへプレゼントの菓子を持って訪れたことがあったのだ。きっとその時の事だろう。
神官は静かに空を見上げる。遠くに輝く月は美しくはあるのだけれど、若い頃訪れた王都の神殿に残されていた文献や、壁画、ステンドグラスなどが示す意匠では、かぐや姫が昇ったばかりの月は、今よりもずっと大きく、黄金に輝いて何キロも先を煌々と照らしていた事を示していた。神話にありがちな、信仰の対象とすべきものの偉大さをを強調するための誇大表現だとは思うが、もしあれが本当だったのだとしたら、今頭上に浮かぶ月のなんと弱々しいことだろう。
まぁ、所詮は神殿の権威を上げるため、女神の力を月になぞらえて誇張したただのお話しや、絵画表現でしかないのだろうけれど。
神官は、いつの間にか『かぐや姫』の話題から、子供たちの憧れ『女騎士スバル』、そして『ピンク髪のお姉ちゃん』へと変わった、とりとめのない会話を続ける少年少女を微笑ましく見詰める。
ガサリ
突然、彼らの背後の闇から嫌な音が響いた。
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