第50話 僕もちょっとは恥ずかしがるべきなのか‥‥。 ※ハディス視点

 桜色の派手な光を纏った小さな群れが物凄いスピードでこちらに向かってくる。ただ、彼らの接近に伴って力が沸き上がって来る感覚に、アレは敵ではないと瞬時に認識する。


 って言うか、見慣れた緋色ネズミ達が、どっかで見たような桜色にビカビカ光ってるんだけどどう云う事かなぁ――!?


『ぢぢぢっ!』


 先頭を駆けて来た特大の1匹が目の前で止まって、僕の顔を見上げるなり勢い良く声を上げる。なんだか頼もし気な顔つきに見えるのは気のせいかな?それで「任せろ!」とでも言っているのかな?けど君がここに来たらセレネ嬢のの護りはどうするんだよぉー。


 脱力しそうになっていると、大ネズミが僕の胸に飛び込んできた。抱き着いたことの比喩ではなく、文字通り胸めがけて飛んで来て、そのまま融ける様に消えて僕に還元される。


「へぇー‥‥。」


 魔力が戻り、力が満ちた感覚だけでなく、ふわりとあたたかなモノにくるまれた様な魔力が上乗せされて、更に大きな膂力アップが加わっている気がする。他の小ネズミ達は戦場のあちこちに散らばって、衛兵や冒険者目掛けて飛び込んで行く。殆どの人間に緋色のネズミは見えていないはずだけど、奴らが融合すると何か感じるものがあるのだろう。


「なんだ?急に力が入る様になったぞ‥‥?」

「イシケナル様のために、さらに力を奮えと女神さまの思し召しだ!」

「おぉ、女神様!イシケナル様!!」


 女神か。女神の遺した神器の継承者である僕の魔力がベースになっているから間違いじゃあないけど、イシケナル公爵の手柄みたいになってるのは何だか複雑だ。その当人はと言うと、これまで散々屋敷に引き籠っていたせいで戦闘力は勿論、体力もないから魅了の魔力で人間側の気持ちを纏め上げ、士気を高めてみせると、さっさとカヒナシ砦内へ入って行った。だから、ここで君たちと一緒に戦っている継承者は僕なんだよー、と言いたいくらいだし、更に言うなら今の桜色の魔力はセレネ嬢のだ。


「あれ?桜色が消えた‥‥?」


 その場に居る人間たちが纏うのは、最初に掛けられたイシケナル公爵の魅了と、僕の紅色だけ。いつの間にかその色が濃くなって、セレネ嬢の桜色が消えている。どう云うことだ?

 思わずごしごしと目を擦り、何度も瞬きする。けど、やっぱり紫と紅色の細かな欠片がキラキラと強く輝くだけで、桜色は見当たらない。


「僕たち継承者の魔力とは、違うってこと?――全く、規格外なんだから。」


 だったら、仕方ないなぁー。

 そう自分を納得させて、この効果が消えないうちにと、僕は戦いに集中することにした。


 平野に出ている5体のトレントが、勢い付いた人間達の攻撃によって再び森へ向かって押されて行く。1体‥‥2体、3体、4体と後退し、そして5体目が腕のように振り回す大枝の最後の一本に馬上から飛び乗ると、危機を感じたのかトレントが、僕を振り落とそうと全身を激しくくねらせる。


『ギュオォォォ―――――ン』


 口のように裂けた大きなうろから耳をつんざくような奇声を発するトレントに構わず、飛び乗った枝に渾身の力を込めて両手で握りしめた長剣を振り下ろすと、本体から切り離された大枝が僕を乗せたままズドンと大きな地響きを立てながら平野に転がった。


『ビギュォオォォォォォォ―――――ォォオオオゥゥゥン』


 自由に振るえる枝を全て失ったトレントは、絶叫しながら森へ逃げ込んで行く。すると、森の中で蠢いていたトレント達はそれ以上の平野への侵攻はして来なくなり、森の外縁間際までざわざわしていた木々は、そのざわめきを深部へと移して行った。


「やったぞ‥‥!!」


 誰からともなく歓声が上がり、やがてこの場に集った全ての人間の口から発せられた、戦勝のたかぶりのままの言葉にならない大きな声が平野の空気を震わせた。


 衛兵や冒険者達が叫ぶのを止め、森から漏れ出ていた魔物による殺気やざわめきが遠ざかって、完全に感じられなくなる。そして緊張感が徐々に解けて行く静寂の中、静かになった森を衛兵たちと同じ様にじっと見詰め続けていると、森から逃げていたのであろう鳥たちのさえずりが聞こえ出す頃になって、ようやく誰からともなく深く息をいた。


「出て来い!早く!!」


 周囲の視線も気にせずに、誰にともなく口早に告げると、身体からズルリと魔力が抜ける感覚がして、目の前に緋色の大ネズミがこちらを向いてちょこんと座った姿勢で現れる。


「行くぞ!早く!!」


 何処へかは告げずに、ただそれだけ言って、騎手のいない手近な馬に飛び乗ると、大ネズミはキラリと目を輝かせて大きく縦に首を振ると、くるりと方向を変えた。


 大ネズミが向いたのは、砦ではない平野の何処かの方向だけれど。


「ちゃんと僕の言いたいことが分かってるんだよねー。さすがと言うか、僕もちょっとは恥ずかしがるべきなのか‥‥。」


 思わず苦笑するけど、仕方ない。この大ネズミは自分の魔力から出来ている、言わば分身みたいなものだ。嘘や見栄なんて通用しないことはとうに分かっている。


 けど、オルフェンズの紗に入っているのにホントにわかるのかなぁ?

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