第49話 もう、周囲に知られても構わない。 ※ハディス視点
オルフェンズの魔力による見事な隠遁の効果に、これならまぁ、安全に見物することが可能かなとは思う‥‥。けど、このままセレネ嬢を隠されたらと考えると恐ろしくもある。僕の魔力の化身である大ネズミが一緒に居るから、ほんの僅かに気配は捉えられるけど、それが無かったら完全に見失っている。
進行方向に暴れる5体のトレントと、それに翻弄される衛兵たちが見えて来ると、知らず増援部隊の進行速度が鈍る。けどこんな物騒な魔物の、人の住んでいる場所への侵入を許す訳にはいかないし、しかもそれが王都の隣の領地である今回は尚の事だ。それより何より、オルフェンズが何を仕出かすか気掛かりで仕方がない。さっさと済ませて戻らなくては!
「恐れるな!女神の加護を持つ者がここには2人も居る!!」
衛兵や冒険者たち増援部隊に向けて、馬上から声を張り上げる。けど、微かな希望の光が彼らの瞳に灯っただけで、強張った不安げな様子に大きな変化は無い。参ったな、これまで色々素性を隠していた弊害だ。知らない奴が偉そうなこと言ったって、大半の人間には魔力の色なんて見えないし、半信半疑なんだろう。
「残念だったな、ここは私の領地、私の居場所、私のための彼等だからなぁ。」
「はいはい、そうみたいですねー。何とかしてくれる?こんな士気の低い状態だったら、勝てるものも勝てないよ。」
ニヤニヤ笑いながら馬車の窓を開けて近付いて来たイシケナル公爵に、苛立ちが押えられない。けど、僕は間違ったことは言ってない。
「ふん。誰にモノを言っている?そこで指を咥えて見ているが良い。」
こんな奴、セレネ嬢との関わりがなければ絶対にお近付きにはなりたくなかった。なんて思っていたら、急にゾクリとする感覚が背筋を這い上がった。魅了の魔力で身体と思考を侵食される感覚が、イシケナル公爵に負けた様な屈辱感とリンクして「チッ!」と、舌打ちを漏らすと、またニヤニヤ笑いの奴と目が合った。あー、ムカムカする。僕は継承者だから、他の魔力に対する耐性はあるはずなのに、こんなとこセレネ嬢には見せられないな。ただでさえオルフェンズとの森での投擲攻撃の一件で、僕が負けたみたいになってるのが腹立たしいのにさー。
とは言うものの、イシケナル公爵が意図して魅了を使った時の求心力は、普段の奴から漏れ出ている秋波なんかの比ではなかった。馬車を止め、颯爽と御者台の上に立って魅了を発して周囲の視線を集めると、おもむろに朗々とした声を響かせる。
「私を見ろ!女神に愛され『燕の子安貝』の類なき力を持った私を見ろ!お前たちが抱く
いつの間にか、僕もイシケナル公爵の言葉に熱心に耳を傾けていた。いや、気持ちが持っていかれそうだ。まずい。
「私と共に在ることが、お前達の至上命題、最大の幸福だ!この戦場にお前達と共に在るために、醜悪な魔物共等に邪魔をさせるな!!」
いや、違う。僕にとっての幸福は、隣で衛兵達の熱の籠った視線を一身に浴びているこの男などと共に在る事では、断じて、ない。ぎゅっと瞑った目の奥――脳裏にちかりと桜色の光が仄かに瞬く。淡くて儚げな印象に反して、力強く鮮やかに輝く桜色は、規格外な彼女を思わせる。
あぁ、そうか。ヘリオス君のことは言えない。
『「「「「「「おぉ――――!!!」」」」」』
轟くような鬨の声と熱気が周囲に満ちる。その真っ只中に在りながら、僕は凪いだ心持ちでその様子を見渡している。
けど、これだけではトレントには勝てないだろう。確実に出来るだけ迅速に魔物達を退けるには、気持ちの高揚だけじゃなく、確実な膂力も必要だ。だから、僕の魔力で兵士たちの力を底上げする。
「僕が君たちに与えられる『女神の加護』だ!受け取れ!!」
もう、周囲に知られても構わない。僕は紅色の魔力を立ち上らせて衛兵や冒険者たち討伐隊を紫のに負けじと包み込んだ。
心を操って戦いに差し向け、力を与えてより強固な戦士を作り上げる事は出来る。けれど人間である以上、体力にも気力にもいずれは限界が来る。
『神器の継承者はそれぞれに強力な魔力を持つが、単独では不充分な力でしかないのだよ?』
クロノグラフ学園長の言葉。セレネ嬢に向けて言った言葉だったが、僕は戦闘中の今になって実感している。
最初、意気溢れる討伐隊の様子に、想像以上の速さでの解決を期待したけど、実際戦いが経過するに従い、強靭な魔物相手に気持ちは萎えて行き、筋力は限界を迎えて行く。これではまた魔物に盛り返されてしまう。
継承者2人の力でも、軍勢を率いるにはこんな風に不完全だ。
決め手に欠けた戦いで、状況が膠着に陥ろうとしていた。僕やイシケナル公爵の魔力を更に重ね掛けしたところで、衛兵たちの疲労が回復するわけでもないから意味がない。そして、平野に出ているトレントを運良く倒せたとしても、森の中にはまだまだ数え切れないトレントを始めとした魔物達がこちらを伺っている気配がする。まずいかもしれない‥‥。ギリ、と奥歯を噛み締めつつ、休み無く馬を駆りながら剣を振るっていると、急にふわりと暖かな気配に包まれて、衰えた力が沸き立ってくるような感覚があった。
誰かからの魔力の干渉だ!まさかセレネ嬢が飛び出して来たんじゃないだろうね!?と、周囲を見渡した僕は、剣を振る手を止め、一点を見詰めて固まった。
「えぇ――‥‥。何だよ、あれ。」
力なく零れ落ちた言葉は、その光景が見えている者なら誰でも抱く感想であるはずだ。
セレネ嬢達が居るであろう方向から、緋色に桜色の派手な光を纏った場違いな奴らが、普通の小動物では絶対に有り得ないスピードで、一目散にこちらに向かって駆けて来ていた。
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