第48話 僕の決意はどうしてくれるの!? ※ハディス視点

 全く困った事になった。


 イシケナル公爵がセレネ嬢を『継承者』だって決めつけて、戦闘に参加させようとするなんて思ってもみなかった。大体何の継承者だって言うんだよ。そりゃあ、特殊な色の魔力は持っているけど、女神の遺した5つの神器の継承者の魔力の色は、火鼠の裘ぼくの紅色、蓬萊の玉の枝オルフェンズの白銀色、燕の子安貝イシケナルの紫色、仏の御石の鉢ミワロマイレの黄色、後は『龍の頸の珠』の継承者の紺色なのに。


 衛兵が顔色を変えて増援を求めてくる様な戦闘に、素材収集用の魔物狩りしかしたことのないご令嬢を連れて行ける訳ないじゃないか。そりゃあ、弟君も言う通り「規格外」ではあるけれど、戦場だよ?一方的に狩るだけじゃなくて、こちらも血を流したり、ひどい怪我を負ったり、最悪死人が出るかもしれない。血の匂いや呻き声が満ちる戦場に、まだ15歳になったばかりの君が耐えられるとは思えない。


 だから君を戦闘から引き離そうと結構真剣な決断をして、イシケナル公爵の目の前で、継承者の魔力を使う様な強引な手を使ったつもりなんだけど、何だかワックワクした表情をしているのは気のせいだよね?


「今までに無い行動を取るトレント‥‥気になるんだけど離れて見て良い?」

「駄目です。駄目に決まっているでしょ、お姉さま!?」


 やっぱりそう来るよね!ちょっとそんな気はしたけど今回は諦めて欲しいな、君のためにも。ヘリオス君も止めてくれているけど、僕もちゃんと言っておかなきゃ。


「一方的な討伐じゃなくて戦闘だからねー?危険だよ。」


 心配なんだよって気持ちが伝わると良いんだけど、僕が言った途端むくれてるし、伝わってないよね?上目遣いで目を潤ませるのは反則だと思うよ!?叶えてあげたい気になっちゃうけど、君のために止めてるんだからね。


「桜の君のご要望を叶えるためなら、この私の魔力などどれだけでもご提供して差し上げますよ。」


 けどオルフェンズのこの一言で完全に風向きが変わってしまった‥‥。この男、これまで興味を持った相手を殺す事しかして来なかったから当然セレネ嬢に危害を加えさせない様に気を張って来たけど、彼女に対しては共に居る事に並々ならぬ執着を見せているんだよね。だからこそ、また別の気を張ることになっているんだけどね。


「銀の、止めてよ。」


 結構本気で言ったら、しっかりオルフェンズには伝わったみたいで、挑発的な薄ーい笑いが返って来た。こいつ‥‥。なら、セレネ嬢にの方に、オルフェンズの危険さをしっかり言っておかないと。


「さっきの話の後だよ?セレネ嬢、君と銀のを2人きりにしたら何年も先に連れ去られちゃうよ。」


 オルフェンズはハッキリと言った。「桜の君が望むなら、共に何者の邪魔も入らない場所に潜むことも可能ですよ。何年、何十年、何百年でも。」と。それは冗談でも何でもなく、事実だ。継承者を監視する僕はそれを知っている。ただ、こいつはこれまで生きた人間を自分の魔力の中に匿ったことなど無かったはずだ。それだけセレネ嬢への執着が強いってことか、くそ。


「それは困ります!僕もお姉さまに付いていきます」

「なら俺も付いていこう。他の継承者と言うのにも興味があるからな」


 何!?ヘリオス君?ギリム君?付いてくることは決定なの!?

 嘘だろぉー。僕の今まで隠してきた秘密の一つ『継承者であること』を明かしてまで、セレネ嬢を戦場から遠ざけようとした決意はどうしてくれるの!?けどまぁ、戦闘に参加しない事になっただけ良かったの?オルフェンズと二人きりじゃない事を喜ぶべきなの?もぉー。




 カヒナシ砦へはイシケナル公爵が意外に段取り良く増援討伐隊を派兵出来るよう動いた。まぁ、考えてみればこれまでクロノグラフ前公爵から公爵位を継いでの10年近く、領地運営を行って来た奴だから、本人の力も勿論、その周囲のブレーンも揃ってはいるよね。魅了持ちのカリスマ性が有用な人員集めに役立つのは当然だし。だからこそ、代々魅了の魔力を持つ『燕の子安貝』の継承者は王都の隣の領地で見張る必要があるんだけどね。

 とは言うものの、この公爵邸へのほんの数日の潜入で知ったことだけど、イシケナル公爵は魅了で誑かすだけでなく、身分の貴賤問わず能力で個人を評価するところが、彼の部下たちから大いに好感を得ているみたいだった。だから、普通の貴族の雇用体系では取りこぼしてしまう様な逸材も混ざっていたりする。けど、魅了の効果が強く働きすぎての人員の入れ替えが多いのも事実みたいだし‥‥継承者の能力ってやつはどうしてこうも好悪極端なんだろうね。


 砦までしっかりと距離を取った場所にセレネ嬢達を残した。僕の魔力の化身『緋色の大ネズミ』がセレネ嬢と一緒にいるから、万が一何か起こった時――魔物やから守ってくれるだろう。

 騎馬を駆りながら、白銀の紗で見えなくなってしまったセレネ嬢の居る辺りをちらりと見遣るけど、そこに4人もの人間が居るなど微塵も感じさせない、見事な隠遁だった。

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